「太っちゃうから、あげちゃダメだよ」

 

「少しくらいあげたって大丈夫だよ!それにちょっとくらい太ったって別にいいじゃん」

 

「でも太ったら可哀そうでしょ?」

 

「なんで・・・?そりゃあ歩けないくらいデブデブになったら可哀そうだけど、ほんのちょっとふっくらするくらい問題ないし、むしろ健康的じゃん!」

 

「へ・・・?スリムな方が健康に決まってるよ。見た目だってかわいいし」

 

「そんなの誰が決めたの??朝晩きっちり決まった量の同じご飯しか食べれなくて、たまのトリーツも貰えないんじゃその方が可哀そうだし、ほら、クッキーを食べてる時の嬉しそうな表情ったら・・・こんなに喜んでるんだよ?この喜んでる顔を取り上げたいっての?」

 

「そういう訳じゃないよ。でもいくら喜ぶからって、トリーツなんか食べさせてたら長生きできないよ?時々ゲリだってするし・・・」

 

「トリーツやゲリくらいで短命にならないし・・・それに同じご飯を食べてたってゲリする時はするじゃん!じゃあ自分だったら、好きなものも一切食べずにストイックに細く長く生きるのと、好きなものを食べれて、好きなことも出来て『うわ~、満足した~✨✨』って太く短く生きるのと、どっちがいいの?制限と我慢だらけの人生でも良いから、ほんの少しでも長く生きたいって思って自分がその道を選ぶのなら話は違うけど、仮に自分がそう思うからって、他人にまでその生き方を強制するのはエゴってなもんなんじゃない?」

 

「だけど、そんなモンばっか食べさせてたら、病気にもなるでしょ?」

 

「だ~か~ら~、そんなモン”ばっか”じゃなくて、一日にほんの1コか2コあげてる程度じゃん!」

 

・・・と、コレはノンモとパートナーが家のワンコたちに、ノンモの買ってきた犬クッキーをあげるかあげないかでプチ言い合いをしていた時の会話です😆

(左のクッキーは真ん中にクリームが挟まっていてホントに美味しそう♡)

 

結局、ノンモの口達者(頑固さ?)が勝ってワンコたちは大ハッピーでクッキーを食べたのですが・・・でも、この会話をしながら、実はふと思い出していたことがありました。それはノンモが昔、マンハッタンのウエストビレッジにあるオーガニックショップに行った時のことです。

 

そのお店にはオーガニックの食料品はもちろん、自然の素材から作られたシャンプーや化粧品、歯みがき粉、そして衣類まで売っていて、そういうのが大好きなお客さんがたくさん買い物に来ていました。

 

 

その日、ノンモが食料品(つーか、正確にはオーガニックのお菓子ネ♡)を買いにショップの中へ入ると、スラっとしてスタイルのよい40~50代くらいの女性がヘアケア製品の置かれている細い通路に立って、シャンプーを片手にボトルの裏に書かれている成分を眉間に皺を寄せながらガン見していました。

 

ノンモは目的の食料品(つーかお菓子ネ♪)売り場に行くために、その通路を通らなければならなかったのですが、女性が通路のド真ん中でシャンプーの裏を睨みつけながら立っているので、ノンモは女性の近くまで行くと「すみませ~ん、後ろを通りたいのですが・・・」と声を掛けました。しかし女性はノンモの声に気付かず、まだシャンプーボトルの裏をじっと目を凝らして見ています。

 

ノンモが再び「すみません…ちょっと後ろを通らせてもらえますか」と、今度は少し大きめの声で言ってみたのですが、女性はそれでも気付いてくれず、仕方なくノンモがお腹をへっ込めながら、女性に触れないように背後をそろりそろりと抜けて通ろうとしました・・・が、その時、ノンモの服がほんのちょこっと女性の背中に触れてしまい、すると女性は後ろをキッ!と振り返ってノンモを睨み付け、

 

「ちょっと!何やってるのよ、汚らわしいっ!!ここに人が立っているのが見えないの?後ろを通りたいんだったら声かけるくらいのマナーはないの!?」

 

 

と店内に響くくらいの大声で怒鳴りつけてきました・・・。ちなみにこれはコロナよりぜ~んぜん昔の話です。驚いたノンモが怒鳴り続ける女性を唖然として見つめていると、よく見ればその女性の顔や手は肌が乾燥してカサカサで、髪の毛もボサボサでした。彼女の買い物カゴの中身から察するに、本当に1ミリのケミカルも入っていない“ザ・オーガニック”のプロダクトだけを厳選して食べたり使ったりしているようでした。(←「肌が弱いからオーガニックものを使っている」というよりは「一切オーガニックしか使っていないので肌の保湿が足りてないのかな?」という感じ?)

 

確かに女性は健康に気を使っている(←ノンモの勝手な推測♡)だけあってスラリと細身のスタイルをしていたのですが、その分だけ神経もピリッと細くなってしまっている印象(←ノンモの勝手な分析♡)でした。

 

ノンモは結局、何も買わずに(つーかお菓子を食べる気が失せてしまって💧)オーガニックショップを出てしまったのですが・・・そこから歩いて数ブロックの場所にある(今はもうないかも?)マックの前を通ると、ある母子連れが中で食事をしているのがウィンドウから見え、それはそれはもうお母さんから子供たちまで、椅子2つでもお尻が乗り切らないくらいと~っても“膨よか”な体系をしており、みんなで美味しそ~にビッグマックやポテトをモリモリ食べながら、すっごく楽しそうに家族みんなで笑っているんです✨✨

 

確かに子供のうちからあの“膨よか”さで、大人サイズのビッグマックやポテトの(L)、ミルクシェイクなんかを食べたり飲んだりしていたら、後々病気とか大丈夫なのかな…と大きなお世話な心配をしてしまったのですが、しかしそんなこた~知ったこっちゃない👍くらいの勢いで、その家族は外まで聞こえてきそうな大きな声で楽しそうに笑っていました・・・とさ。

 

・・・と、ワンコたちにクッキーをあげるかあげないかの会話をしながら、ノンモのプチ昔話を思い出していた訳ですが、別に「オーガニックにハマって神経質になっている人が不幸で、太っていて健康状態に『❓(クエスチョンマーク)』が付いても自由に好きなものを食べてる人の方が幸せ」と言っているワケではありません。もちろんその人それぞれに異なった喜びや人生の楽しみがあるので、仮にオーガニックショップにいた女性が周りも見えなくなるくらいに神経が張り詰めちゃっていたとしても、健康に気を使ってスラリとしたスタイルを保てることやオーガニック製品を買うことだけでも大満足&超ハッピーを感じているのかも知れませんしね😊

 

『そうなんだよ。だからそのオーガニックショップにいた女性が、マックでビッグマックやポテト(L)を“膨よか”な子供たちに食べさせていた母親をなじる必要はないし、逆にマックで子供たちと楽しそうに笑っていた母親が、神経過敏になって肌も髪もボサボサになっているオーガニックショップにいた女性をバカにする必要もないんだよ。

 

つまり、自分の価値観で他人の行動の良し悪しを判断したり、コントロールしようとする必要はないってこと。英語で言うところの「Mind Your Own Business (他人の私事には干渉しない)」ってとこだね。「だけど太ってるのにハンバーガーやポテトばかり食べて、後で病気になったり長生きできなきゃ意味ないじゃない!」「いや、食べたいものも食べないで健康ばかりピリピリ気にして、例えそれで長生きしたってそっちの方が無意味でしょ?」という意見がお互いにあって、その両者は相手の考えを理解できないかも知れない・・・だからこそのMind Your Own Businessだし、そんなことはどちらも「大きなお世話」なんだよ。ま、強いて言えば、太っていようが神経過敏になっていようが、自分の好きなことをやっている人より、他人のBusiness(私事)に首を突っ込んでムキになる人が、じつは一番不幸だったりするんだよ。

 

そういう話をすると揚げ足を取るように「じゃあ、ギャンブルで借金だらけになってても好きにさせておくべきなの?」とか「酔っぱらって事故を起こしたとしても飲みたいだけ飲ませておくの?」とか「不倫や浮気をやりたいだけやらせておくの?」とか「悪いことをしているのを見ていて放っておくの?」なんて極端なことを言う人も出て来るかも知れない。

 

その辺は今までに何度も何度も口が酸っぱくなるくらい「自分の身を滅ぼしたり、他人に迷惑を掛けない範囲で、自分の好きなことを自由にやってる人に対して」と念を押して言っているので、ここではもうそれ以上は言わないし、その境界線は自分で判断すればいい。

 

上であげたような極端な例は置いといたとして、他人の行動に対して「それは正しくない!」とか「改めるべきだ!」と感じて腹を立てるのは本来お門違いだし、そこで首を突っ込んでとやかく言うのは自分が「常に正しい」と思っていたり、コントロールイシュー(相手を自分のルールや価値観に当てはめようとする)があるからで、そういう人は自分の気付かない間にどんどん自分自身を苦しめちゃってるよね。そして自分の気付かない間にどんどん孤立して(周りから友達なんかがいなくなって)いってしまう。「相手のことを思って言ってあげている」なんていうのは自分の勘違いであり言い訳。そんなのは大抵が意識的にも無意識にも相手をコントロールしようとしているからなんだよ。だから周りも「愛情」じゃなくて「負のエネルギー」を感じて居心地が悪くなって去ってしまう。

 

自分が良いと思うことが必ず他人にとっても良いとは限らない。自分が便利だと思うことが他人にとっても便利とは限らない。自分が正しいと思うことが必ず正しいとは限らない・・・。アドバイスしてあげるのは決して悪いことじゃないけど、それを押し付けようとするから自分も相手も疲れちゃうんだし、何より自分がなかなか幸せになれないんだ。

 

こないだの瞑想会の時に“意識を司る龍”が言ってたでしょ?「負の意識との連携で、人間は負の念を抱くようになった。疑念や執念、鬱念、邪念、雑念、無念、俗念、妄念、欲念、悪念・・・負の念はとても重く、魂の旅を妨げる。転生の邪魔をする。そのために多くの人間の魂が3次元にとどまり、旅立てないまま浮遊している。念は『許せない意識』から発生する。許せないという意識が精神を蝕んでいく。そして人間から精神力を奪っていく」って・・・。相手を裁くこと、コントロールしようとすること、自分の価値観に当てはめようとすることは全て、許せない意識から来ることなんだよ。相手を許せないんじゃなくて、「自分を」ね。

 

はっきり言うけど、自分の正義や価値観で相手をコントロールすること、周囲をコントロールすること、世の中をコントロールすることなんて不可能なんだよ。だから諦めちゃった(受け入れちゃった)方が楽なんだ。

 

「相手が自分を腹立たせている」んじゃなくて、「自分が勝手に腹を立てている」んだよ。

 

二日間の瞑想会で“魂を司る龍”と“意識を司る龍”がこうも言ってたよね、「負の念を許して(解放して)、かわりに愛の念を持て」って。「疑念や執念、鬱念、邪念、雑念、無念、俗念、妄念、欲念、悪念じゃなくて、愛念を自分にも他人にも送れ」って。

 

「戦うんじゃなくて、許してこそ、本当の心の平和が訪れるんだ」ってね・・・。

 

それは本当だよ。だからこその「ま、いっか!」なんだよ。他人や状況が自分の価値観に当てはまらなくて、それをコントロールできなくて、裁いちゃって、イライラして、考えて考えて、また裁いちゃって、腹が立つのが収まらないんだったら「ま、いっか!」と心の中で呟いて、自分の『正義』を手放して、ひとつ深呼吸でもして、ちょっと微笑みを作ってごらん。それでもう考えるのをやめちゃって(許しちゃって)ごらん、スーッと楽になるから・・・。

 

大丈夫、それで死んだりしないから。死ぬのは自分のプライドくらいだから・・・。さっきも言ったけど、どうせコントロールすることが不可能なんだったら、負の念を持つだけ自分が損だからね。

 

ちょびっとだけ話がズレたけど、ま、キミのワンコたちに関しては、キミの言い分もパートナーの言い分も一理あると思うから、どっちが良いとか悪いとか、どっちが正しくて間違ってるとは言えないけど、でも神の視点から見た「生きるということ」に対する本来の意味合いから言えば、無理や我慢ばかりして長く3次元で生きる人生より、ある程度の楽しいことを自由にやって満喫した人生の方が、魂が成仏する(=重たい念がこびりついていない)確率はぜんぜん高いよね。だからって、クッキーとかお菓子ばかりバクバク食べさせて、太り過ぎたり病気になるのも本人が苦しむことになるから、ま、結局は「ほどほどに」が一番だね』

 

話がズレたのは「ちょこっとだけ」じゃなかった気もするけど💦・・・でも、

ヤッター!!やっぱりノンモの考え方の方が正しかった~~~\(^o^)/🎉✨✨

 

これでもう神のお墨が付いたから、今後は気兼ねなくワンコたちにクッキーでも何でもあっげっらっれっる~💖

 

・・・なので、これからも美味しそうな犬トリーツを見つけたら、ビシバシ買ってきてあげようと思いま~す😆イエーイ!👍✨✨

 

『ぜ・・・全然こっちの言ったこと聞いてないね・・・💧こういう“自分の都合のいいことしか耳に入らない”のも神的に見てちょっと問題アリなので・・・皆さん、ノンモみたいにならないように気を付けてくださいネ~』ンガンン・・・

 

【☆おまけ☆】

 

「間違えて犬のクッキーを食べちゃうおばあちゃん♡」のカワイイ動画(ショート)😆⇩

 

(ノンモ訳)

- 「おばあちゃん、なにやってるの?」

- 「クッキー食べてるのよ」

- 「そのクッキーはおばあちゃんのじゃないのよ」

- 「どうしてよ?みんなのでしょ?あんた、自分のためだけに買ったっていうの?」

- 「ううん・・・でも、わたしのために買ったわけでもないの。おばあちゃん、それ犬のお菓子よ」

- 「ノー!ノォォォォォォ・・・!」