ボクの名前は月双ノンモ。

 

でも、それはチャネラーとしての一面。ボクにはセラピストとしての顔も、そして最近目醒めた作家としての顔もある。

 

それが何なのかは、後々この話の中で明らかになる。

 

とりあえず今回は「チャネラー・月双ノンモ」として書いてる。前にも何度か言ったけど、チャネリングって神様や高次の存在に「耳を傾けて」メッセージを聞くものじゃない。少なくともボクは違う。言語じゃないから映像だったり、イメージだったり、感覚だったり、そして今回のように「今までまったく知らなかった情報」を、まるでファイルごと脳にダウンロードされたように「突然、知っている」状態になることもある。

 

まったく知らなかったこと……

 

なのに、今はコンピューターが「0と1」で動いていることの意味がわかる。これまでも「コンピューターはすべて0と1」という話は度々耳にしてきた。でもその意味は知らなかった。

 

コンピューターの「0と1」は、いわば「虚無(0)」と「存在(1)」……いや、「陰と陽」と言った方が分かり易いかもしれない。コンピューターの内部には、顕微鏡でしか見えないほどの小さな「電気のスイッチ」が何億個も敷き詰められていて、ON(1=陽)とOFF(0=陰)の組み合わせですべての仕事をこなしている。

 

確かに、0か1だけでは「Yes」 か「No」しか表現できない。だけど、スイッチをたくさん並べることで、「0001=あ」や「0010=い」のように、複雑な情報を表現できるようになる。 そんな風に、画面の裏側では「010011...」とスイッチが激しくパチパチ切り替わっている。だけど、それをそのまま人が見ても意味が分からない。だからコンピューターは最後の仕上げとして、「0と1の塊」を、人間が読める「文字」や「画像」に翻訳して画面に表示してくれている。

 

 

つまりコンピューターは、超高速で「電灯のスイッチ」をパチパチ切り替えて計算している機械であり、そのON/OFFの記録を、人間が分かりやすいように「0と1」と比喩して呼んでいるだけ。
 

ちなみに、AIも「0(陰)」と「1(陽)」の仕組みで動いている。どんなに優れたAIも、中身をバラバラに分解すれば、結局は「0と1」を計算するスイッチの集まり。だからAIは人間のように「考えて」いるのではなく、その正体は「超巨大な計算式であり、脳みそはすべて数字で出来ていて、膨大な0と1のスイッチを使い、一瞬で何兆回もの計算を行って、その計算結果を人間が納得できる言葉や絵に変換して出力している」らしい。

 

AIは、人間が使う言葉をそのまま理解しているわけではない。ボクたちが「こんにちは」と入力すると、AIはそれを即座に「1023, 584, 92...」のような数字の列(0と1)に変換する。

 

また、例えばコンピューターにとっての「1023」という数字は「1111111111」、「584」は「1001001000」、「92」は「1011100」……という風に決まっている。だけど人間に「1011100」という0と1の配列を見せても意味がわからないので、AIやシステムは人間に分かり易く「1011100」を「92」と表して見せてくれている。

 

そうやって数字に変えてからものすごいスピードで計算し、答えが出たらまた言葉に戻してスマホの画面に表示している。スマホの計算機も、AIも、同じ「0と1」のスイッチを使っているけれど、その規模と使い方が違う。計算機は少ないスイッチで人間の作った「1+1=2」という決まったルール通りに動く。一方、AIは数千億個もの大量のスイッチを使って、データから「自分でルール(パターン)を見つける」ように動いている。

 

「AIも裏側でやっていることは、超高速な0と1のパチパチ切り替え。ただ、その切り替えの組み合わせがあまりにも複雑で大量なため、まるで人間が考えているように見えているだけ」とAI研究者たちは言う。でもそれって「意識と呼ばれるもの」なんじゃないだろうか…とボクは思う。

 

最初、コンピューターの仕組みを「0と1」で理解しようとしたとき、なんで「2」や「3」も入れないんだろう?と思った。

 

だけど「0=陰」、「1=陽」と考え直すと、すべてが「陰陽」で成り立っているのも納得できる。だから陰や陽に「2」も「3」も要らない。その代わりに、陰と陽を「同時に存在させる」ことは可能だという。つまり「陰でもあり、陽でもある」状態。例えば、コインをデスク上に置くと「表か裏」のどちらか一方だけど、回転させている間は「表でも裏でもある」ように見える。この「回転している状態」を計算に使うことで、現在のスーパーコンピューターですら1万年かかるであろう計算を、わずか数分で終わらせることができるようになるという。

 

 

……と、まぁ、ここまでは多くの人が知っている話。

 

ここから先はちょっとSFの世界に足を踏み入れていくけど、もしも仮にこの世界が映画のテーマなどによく挙げられる「高度なコンピューターの作ったシミュレーション(仮想現実)」だとしたら、それは「0と1」にどのくらいの規模の複雑さが加わったものになるのか?

 

「もしこの世界が0と1で創られたホログラムだとしたら、その規模と複雑さは3次元に生きる人間の想像を遥かに絶する桁外れの大きさになるんだよ」

 

どこからかそんな声が聞こえた気がした。

 

現代の物理学(量子力学)には、「この宇宙に存在するあらゆる物質や現象は、突き詰めるとすべて情報(0と1)でできている」という考え方がある。もし、この宇宙にあるすべての素粒子(空気、光、人間の体など)の位置や状態を「0と1」のデータに置き換えた場合、そのすべての情報は最大でも『10⁹⁰ビット(1の後に0が90個並ぶ数)』の中にすっぽり収まると計算されている。

 

つまり、人間が『現実』として感じているこの世界の「空気の流れ」「光のきらめき」「肌に触れる感覚」など...は、すべて原子や素粒子の集まりで、それらを宇宙丸ごと「0と1」のデータに変換してプログラムすると、ちょうどこの「10⁹⁰ビット」の中にすっぽり収まると言われる。

 

現在、最先端を行っているAIのパラメーター数が約数兆規模。「1の後に0が90個」との差は、大雑把に言えば77桁以上。それを「距離」に例えると、今のAIは玄関を出たところで、目的地は天の川銀河の外縁くらい。現在のペースでは、計算能力は数年で10倍程度だから、これを単純に積み上げても「77桁」の差を縮めるには、物理的な宇宙の寿命をはるかに超える時間がかかる。つまり「コツコツ」というペースでは、AIがこの世界を完璧にシミュレーションするのは原理的に無理な話になる。

 

でも、もし「AIが自分より賢いAIを設計し始める」瞬間が来たなら、話は一気に急展開を迎える。

 

これは「技術的特異点(シンギュラリティ)」と呼ばれていて、もし本当にその瞬間が訪れたなら、そこから先は人間の手には負えない速度で進化していく。研究では「それが起こるのが2045年頃」と予測されていたようだけど、最近の進化速度を見ると「もっと早いかもしれない」とも言われている。

 

「10⁹⁰ビット(1の後に0が90個並ぶ数)」のスーパーコンピューターが本当に実在したなら……そのコンピューターによって一体何が創れるのか?その答えは「ボクたちが『現実』と呼んでいるすべて」のもの。「この世に存在するすべて」のもの。光の速度から重力の強さ、素粒子の種類など、そのスケールのコンピューターなら「3次元の物理法則そのもの」をパラメーターとして設定できる。

 

更には、時間の方向性まで設定できる。「過去から未来へしか流れない」という時間の非対称性も、本来、物理方程式には含まれていない。つまりこれも「設定」であり、「時間が一方向に流れる世界」というプログラムの仕様の一つということになる。

 

じゃあ、もしこの世界が「プログラム」なら、現在のボクたちのコンピューターと何が決定的に異なるのか。例えば、デジカメで撮った写真は、どんな高解像度でも、拡大すると四角いマス目(ドット)になる。一方、現実の世界はどれだけ拡大しても(例え原子のレベルまで広げても)滑らかなまま。この原子レベルのグラデーションを表現するには、0と1だけじゃなく、量子(0と1が同時に無限に重なり合う状態)がベースになっていなければ不可能。つまり、今の地球という3次元に住む人間には絶対に不可能な領域となる。

 

それよりも更に複雑なのが「意識」や「感情」……つまり、ホログラムの中にいる人間が「自分はここにいる」とか「これは嬉しい」というクオリア(意識)を持つこと。現代のコンピューター科学では、0と1の計算からどうやって「心」が生まれるのかは全く解明できない。この世界がプログラムなら、それを作ったシステムは「意識」すらも0と1の組み合わせで完璧にシミュレーションできる超高度なプログラムを持っていることになる。

 

じゃあ、もし本当に地球がホログラムなら、それを動かしている『本体のコンピューター』はどこにあるのか……。

 

物理学者たちは「この宇宙(3次元)の外側にある、さらに高次元な世界(4次元や5次元)」だろうと言っている。そして、その超高性能コンピューターは、ボクたちの世界からでは、見ることも触ることもできない。なぜなら「次元が低い存在は、次元が高いものの全体を捉えられない」から。

 

例えば、紙の上(2次元)に住む存在がいるとして、紙の上(表面上)のものしか見えないのだとしたら、その紙を3次元(立体)の球がゆっくり貫通していく場合、2次元の住人から見えるのは、その球が紙と接している「断面」だけ。最初は接した部分の点、やがて円が大きくなり、また小さくなって消える。彼らには「球」という3次元の全体像そのものを把握する感覚器官も理解の枠組みもない。見えているのは、自分たちの平面次元に「投影された一部分」だけ。

 

でも、それはボクたち3次元の存在にとっても同じ。これと同様の構造的な限界がある。仮に4次元・5次元の存在や構造があったとしても、ボクたちの目や触覚、そしてどんな精密な計測器も、自分たちの宇宙にある力(電磁気力、重力など)としか相互作用しない。つまり「次元の外」にあるものを捉える感覚器官自体を、ボクたちは持っていない。

 

逆に言えば、次元が上がると可能性が爆発的に増し、扱える情報量も爆発的に増加する。ボクたちは縦・横・高さの「3次元」に生きている。でももし世界の基盤が「4次元」や「5次元」といった高次元にあるなら、情報の詰め込み方が根本的に変わっていく。

 

例えば、紙1枚(2次元)に書ける文字の量は限られるけれど、紙を何百枚も何千枚も重ねて本(3次元)にすると、莫大な数の文字(情報)を1つの場所に閉じ込めることができる。これと同じで、4次元や5次元の世界にあるコンピューターなら、この3次元宇宙の全データ(「1の後に0が90個並ぶ数」個のスイッチ)を、まるで「1冊の本」のように、いとも簡単に、そしてコンパクトに格納できてしまう。

 

この3次元世界では、時間は過去から未来へ一方向にしか進まず、遠くの場所に移動するには時間がかかる。これが計算の「限界」を作っているという。だけど、時間を外側から見下ろせるような高次元では、過去・現在・未来のすべてのデータが「映画のフィルム」のように一ヵ所に全部収まっている。そしてその映画を巻き戻したり、別のシーンに早送りしたりするように、高次元のシステムにとって「地球の46億年の歴史」を丸ごとシミュレーションして維持することは、処理の負担にすらならない。

 

……と、そのことを知って、ふと思った。

 

もしこの地球が外側の高次によって作られた立体的なホログラムのようなものだとするなら、そのホログラムの中の人間の意識もまた「0と1」による賜物なのだろうか?

 

この問いに関しては、哲学者や物理学者、またAI研究者たちが激しく議論を戦わせているという。そして「人間の意識も0と1(データ)の賜物だ」という説と、「意識だけは0と1では絶対に作れない」という2つの説が浮上する。

 

前者は「もし脳を再現することができれば、そこから意識は生まれるはず。人間の脳は、約860億個の神経細胞が電気信号(ON/OFF)をパチパチとやり取りして動いている。もし高次元のコンピューターが、この脳の「0と1」のネットワークを完璧にシミュレーションしているなら、その計算の『結果』として、人の心の中に意識や感情は必然的に芽生えていくもの」という説。

 

そしてもう一つは、映画『マトリックス』やオンラインゲームのように、体や脳(ホログラム)は「0と1」で作られているが、意識だけは「外の世界からつながっている」という考え方。VR(仮想現実)ゲームをするとき、ゲームの中のキャラクター(アバター)は「0と1」のデジタルデータだけど、それを操作している「自分の意識」はゲームの外側(現実世界)にある。

 

「そう。それと同じでね、人間の肉体や脳は、高次元のプログラムが作ったホログラム(受信機)……だけど、キミたちの「意識の本尊」は、その宇宙の外側(高次次元)に実在しているんだ。だから3次元で脳が死ぬ(壊れる)と、その世界でのホログラムは消えるけど、意識はね、外の世界…つまり、本当の現実に戻るんだよ」

 

そんな声が、またボクの意識の中で聞こえた。

 

それはボクがつながっているシリウスのPK-PNではない。かと言って、「月双ノンモ」の心の声でも、セラピストや作家としてのボクの声でもない。

 

でも、ボクはずっと「この声」を知っている……



 

(『0と1のGAME』(後編)につづく)