神鏡の秘密(1) | 月乃聖五オフィシャルブログ「魂響~たまおと~」Powered by Ameba

神鏡の秘密(1)

神鏡カードに関して若月佑輝郎先生にインタビューをしてきました、その内容をこちらのブログでもご紹介したいと思います。


長いですので、数回に分けてお届けいたします。

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「神鏡(R)カードの秘密について・・・」

月乃講師:
神鏡カードは、私自身も制作にたずさわらせて頂き、身近に日々引いているカードでもありますが、ひと言で言うと、どんなカードなんでしょうか?


若月講師:
神鏡カードは、古事記などの神話や日本古来からの神法道術など神伝に出てくる神々のパワーと教唆をカードにしたものです。

月乃講師:
タロットカードやエンジェルカードなどオラクルカードと呼ばれるものは、たくさんありますが、神鏡カードと他のカードとの違いは何ですか?

若月講師:
少し長くなりますが、根本的なところからお話します。私たち、人の存在や成り立ちというものを、古神道的視点からとらえてお話します。

古神道的価値観では、私達の中にある神の分魂としての神秘的要素や心理学的要素が「態度」となり「感情」となり、「選択」となり、そして、「姿」や「体」や「現実」になります。

そういう視点から、カードの1枚1枚が古神道的視点の要素によって構成されているという意味において、他のものと違う特徴を持っています。

あらゆるタロットというものを知っているわけではないのですが、一般的に知られているタロットは、エジプト神秘学の流れをくんでいるものだと思います。

エジプト神秘学というのは西洋神秘学の根源にも影響を与えていると思います。

僕個人の見方なのですが、エジプト神秘学の観点と日本の古神道の観点の違いは、エジプト神秘学は、「人」が「神」になろうとした神秘学で、日本の古神道は、もともと「人」は「神の末裔」であるという視点から見ている神秘学という点での違いがあるように思います。

そしてそれは極だった特長的な違いだと僕は思っています。

「神の末裔」と言うのは私達が、神の非創造物、つまり、神によって創られたものという見方でなくて、本当に末裔である、自分の究極の先祖は創造主だという、本当にそういう見方なんですね。

見方と言うより、古神道家は、固い言葉を使えば、それに基づいて自己の存在を認識し、そこに基づいて定義しています。だから、絶対に「猿」の遺伝子からちょっと変わったのが「人」だなんて、古神道家は全くもって思っていないのです。そういう意味で、人が神の力を手に入れるという神秘学と日本の古神道は大きく違っています。

神の末裔という視点において、人の要素をとらえているカードなので、私たちの中にある要素は全部「神」だという視点でとらえています。だから、悪魔、死神、そういうような象徴ははいっていません。ものすごく省いてお話していますが、全部が神なのです。そういうところが違っていると思います。

全部が神であるということを、もう少しわかりやすくするために、例をあげます。

いわゆるタロットと呼ばれるものの全てに共通かどうかわかりませんが、一般的に知られているタロットには、「カップ」とか「金貨」とか「ワンド」とかがありますよね。

もちろん、それも私たちの中のなんらかの創造の力の一部の象徴ではあるのですが、神鏡カードの中の要素のようにそれらが「神名」をもっているわけではないのです。

神鏡カードの要素は、みんな神です。つまり、神鏡カードは、私達を神としてしか見なしていないのです。神としての私達が多少なりとも選択の間違いをした歴史はあるけれど、あくまでも神なのです。そういう視点でつくっているので、神鏡カードは、古神道的言葉を使うと鎮魂帰神していく、神に帰っていくためだけが目的のカードなんです。だから、そういう意味において、全然違うと思います。そして、今回の書籍「実践カードリーディング」の出版にて、加えたカード群がありまして、そのカード群が「帰神」なんです。”神に帰る…”

月乃講師:
なるほど、神鏡カードを使う目的も、そして神鏡カードの示すメッセージによって向かっていく場所も「神に帰る」ことなんですね。

若月講師:
そうですね。作られた目的自身が天人合一、神人合一という「神に帰る」ことにとてもフォーカスされています。だから、そういう意味で、他のタロットとは全然違うと思います。

月乃講師:
そうですね。その「神に帰る」という「神」についてなんですが、古事記に登場する神々をモチーフにしているのはどうしてですか?

若月講師:
古神道家としての若月(私)の個人的見解ですが、蘇我入鹿の乱の時に、それ以前の日本の古典的神典が失われていて、古典的神典を存続させるために、憶えていることを口述筆記したものが古事記、なのです。

月乃講師:
なるほど・・・。

若月講師:
僕にはそう観えます。僕だけがそう思っていてそれが正しいと思うのは、傲慢にきこえますね。そう思っている古神道の大家は多分たくさんいると思います。言わないだけで(笑)。僕はそう思っています。

日本の神典の経緯について僕が思っていることを述べますね。

その乱の以前にあったものは、多分みずくき文字で書かれていました。つまり、神代文字の一種の神典がありました。その乱で、その重要な神典が失われるという大事が起きて、大変だということで、太安万侶と稗田阿礼に口述筆記で書きうつさせた。

そして、その補足分とか、他の人が憶えているところで違う部分を日本書記に書いたのです。日本書記にもいくつかの伝があって、ある伝には○○、ある伝には△△と書いています。おそらく「お前憶えていたのはなんだった?」「お前が憶えているの何だった?」と言って書いているのが日本書記だと思います。だから、似たような部分があったり、姉と妹がひっくりかえっていたりしています。

たぶん、幾人かの(古神道の)マスターの方達もそう思ってらっしゃると思いますが、

そして、その書きうつした時のことを人間の穿った目で見ると、その時に歴史を書き換えたんじゃないかとか、皇室を正当化しようとしたんじゃないかとか言いますが、僕はあまりそうは思いません。

そういう意味で、現存している物として、蘇我入鹿の乱以前の日本の神秘学の僕らが持っている霊的な力を非常に色濃く残している物が、古事記や日本書紀です。神秘家としての古神道家の人は、多かれ少なかれ合意してくれるところはあると思います。

「古事記に登場する神々をモチーフにしているのはどうしてか」という質問の回答として、以上のことから、それらが霊的な力を表している神々だからなんです。

月乃講師:
なるほど、神鏡カードを用いるとサイキック能力が高まるというのは、、、


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神鏡の秘密(2)へ続く・・・

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開運スピリチュアルカウンセラー

月乃 聖五(つきの あおい)


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