チェ・ゲバラ 遥かな旅  ~終焉の地・サンタクララ~ | ~風の吹くまま、自由気ままな旅を~

チェ・ゲバラ 遥かな旅  ~終焉の地・サンタクララ~



最近、悶々とした日々が続いてたんで・・・



やっちゃいました( ̄▽+ ̄*)




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-bari
人生2回目、5年ぶりのバリカン登場!!




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-kami
さらば、過去の自分・・・










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~










ビジャ・クララ州の州都、サンタクララ。



キューバのほぼ中央に位置し、人口21万人を有する大西洋にほど近い街。



そんなキューバでも有数な街には、別名がある。






ゲバラシティ






サンタクララは、ゲバラが盟友カミーロと共に指揮し、



革命戦争最後の戦いの舞台となった街である。



そして今、ゲバラの遺骨が収められている霊廟のある街として、世界中に知られている。




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-街の入り口
街の入り口にあった絵




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-ゲバラ 絵2
街中至る所に、ゲバラの絵がある




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-ゲバラ 絵
僕の一番のお気に入り




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-アメリカへの風刺
アメリカを批判した風刺画も・・・












1967年ボリビアのイゲラ村で銃殺されたゲバラが、



キューバに無言の帰還をしたのが1997年のこと。



1週間に及ぶゲバラ追悼週間の後、カストロの手によって、



サンタクララにあるゲバラ霊廟に安置された。






安置されてから十数年。



今も世界中からゲバラのファンが、ゲバラに一目会おうと訪れている。






もちろん、僕もそんな中の一人。



ゲバラが銃殺されたイゲラ村を訪れたのが去年の11月



南米を周り、メキシコを経て、キューバへ。



時代は違えど、ゲバラの足跡を辿りながら、遂にここまでやって来た。












まずは、霊廟に行く前に、革命戦争にまつわる場所を訪れる。



最初に向かったのは街の北東にある列車記念碑(入場料:1CUC)。




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-列車博物館









革命戦争最後の戦いとなった、“サンタクララの戦い”。



この戦いの指揮を執ったゲバラは、



バティスタ政権の装甲車を襲撃し、そこから多くの武器を奪取した。



この攻撃の成功により勢いに乗った革命軍は、サンタクララを占拠。



革命戦争最後の戦いは、あっけなく2日間で終わった。






この記念碑のある場所は、装甲車を襲撃した場所であり、



列車の中には、当時の写真や襲撃時に使われた銃や火炎瓶が展示されている。




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-列車 内部




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-列車 展示品









ただ、この記念碑・・・綺麗に整備されすぎており、何の面白みもない。



ほんと列車と記念碑があるだけで、あとはとってつけたような展示品の数々。



列車も新しく塗り替えられており、当時の面影を残すものは何もなかった。












次に線路を越えてさらに街の東側を目指す。



未舗装の道路も多い住宅街を歩いていると、小高い丘が見えてくる。



これはカピロの丘といい、革命軍と対峙した政府軍(バティスタ軍)が立てこもった場所だ。



市内を一望できるこの丘は、革命軍を迎え撃つにはもってこいの場所だった。




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-ゲバラ 像
丘への途中に見かけた、子供を抱えたゲバラ像




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-丘
きれいに整備されたカピロの丘への道










戦い当初、政府軍2,000人に対し、革命軍はわずか300人だった。



さらに革命軍が持っていた重火器はバズーカ砲が一門のみと、



兵力でも、軍備力でも、政府軍が有利のはず・・・だった。



しかし前述の通り、勢いに勝る革命軍は、2日間で街を占拠する。






丘の頂上で、風を感じながら当時のことを考えてみる。



この丘で革命軍を迎え撃った政府軍の兵士達は、どんな気持ちだったのだろう。



政府軍の勝利を疑わなかった人、実は革命軍に賛同していた人、



戦いなどしたくなく、早く家に帰りたかった人。



様々な葛藤の中で、彼らは革命軍を迎え撃った。




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-丘からの眺め
丘からの眺め









しかし、そんな葛藤もあっという間に終わってしまう。



“サンタクララの戦い”の負けを知った、当時のバティスタ大統領は、



その翌日、着の身着のままの家族と側近を連れ、ドミニカへ堕ちた。



この瞬間、7年間続いた軍事独裁政権は崩壊し、キューバ革命が成った。






実際、政府軍のどのくらいの人がバティスタ政権を支持し、



一方、どのくらいの人が革命軍を支持していたのかはわからないが、



当時の兵士達の気持ちを考えると、複雑な心境になる。












さて、いよいよゲバラとのご対面の時が近づいてきた。



ゲバラ霊廟は街の西側にあり、中心部から歩いて30分ほどかかる。



街の路地を抜け、大通りへと出ると、芝生が広がる広い空間に出る。






ついにやって来た・・・






ゲバラ霊廟だ。




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-霊廟 遠め
遠目からでもすぐに分かった、ゲバラの像









ゲバラ霊廟は元々、ゲバラが無言の帰還をする10年前に、



没後20年を記念して、銅像と霊廟が建てられた。



1997年にゲバラの遺体が発見されると、この霊廟の中に遺骨が納められる。








ゲバラ霊廟の中で一番目立つのは、もちろんゲバラの銅像。



下には“Hasta La Victoria Siempre(永遠の勝利の日まで)”と書かれ、



銅像の周りには、ゲバラに関する壁画や『決別の手紙』の内容もあった。




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-霊廟 ゲバラ像
今にも動き出しそうな、ゲバラの像




~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-霊廟 別れの手紙
ゲバラがカストロに宛てて書いた、決別の手紙の内容











さあ、いよいよ霊廟の中へ。



霊廟の中へは、像の後ろ側の階段を下りたところから入る。









一歩一歩、近づくにつれ、高まる緊張感・・・






献花用の花を持った手の力も自然と強くなる。









高校生の時に初めてゲバラを知り、






いつかはここに来たいと思っていた・・・






そんな待ちに待った瞬間まで・・・









あと・・・










あと・・・










あと・・・??









???









??????











~風の吹くまま、自由気ままな旅を~-立ち入り禁止
ドーンッ!!






もうね、このテープを見た瞬間、凍りついたよね。






まさかの・・・



改装中だって(爆)



しかも、まだ始まったばかりで、あと1週間以上は入れないという。










ということで、ボリビアから追いかけてきた、






“チェ・ゲバラ 遥かな旅”・・・









完結できず(><)









※ちなみに、僕がキューバを離れた、2011年3月14日も引き続き改装中だった。

 現在は不明。旅行会社などで、要確認!!









―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・

ランキング参戦中!!
一日一回、ポチっとしてもらえると嬉しいです。

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村


携帯の方は、↓をクリック!!
にほんブログ村 世界一周