私が生まれたのは1944年、東京大空襲の前年だった。
この年の6月6日早朝、フランスのノルマンデーに
アメリカを中心とする連合軍16万人が上陸作戦を敢行した。
今年はこのD-Dayの75周年。
記念式典がノルマンデイー海岸で行われる。
この式典にはエリザベス女王とトランプ大統領が参加する。
米大統領夫妻は今日3日すでにロンドンに到着した。
5日の夕にはフランスに入るのだろう。
1940年にドイツ軍がアルデンヌの森から
フランスになだれ込んだ時、
真っ先に降参してヒトラーと停戦協定を結び、
フランスの北半分をドイツの占領地域としたペタン元帥。
ナチスのファシズムにおもねり占領下のフランスを
いいように操ったラバル首相。
彼は戦後国家反逆罪で死刑になった。
当時はナチスの将校をも驚かせるほどの
反ユダヤ主義を表明してみせた。
ド・ゴール将軍はペタン将軍の配下にいたが
休戦協定を不服としてロンドンに亡命した。
英国リベラリスムへの強靭な信念の人
チャーチル首相に守られ
ロンドンからフランス本土に向け
レジスタンスを呼び掛ける放送を行った。
チャーチルがUSAを対独戦争に引き入れるのに成功した
その裏には日本の真珠湾攻撃があった。
ルーズベルトは待っていたとばかりに米国民に呼びかけ
宣戦布告前にこの奇襲を行った日本軍を
悪としてその邪悪をこらしめる
正義の戦いに
米国民の戦意を煽ることに成功した。
こうしてチャーチルは米、カナダ、オーストラリアと
連合軍結成に成功した。
一方でヒトラーはスターリンと交わした独ソ不可侵条約を破り
モスクワを目指してバルバロッサ作戦を展開した。
東西数千キロ離れた相反する二方面に戦線を張った。
これは作戦上してはいけない基本的過誤なのに
すでに狂っていたのかヒトラーはその過誤を犯した。
モスクワを灰燼に帰し
一時は勝利を手に入れたかに見えたドイツ軍。
ナポレオン凋落の第一歩となった冬将軍
ナチスドイツもまんまと餌食となった。
一旦後方に退いた赤軍は態勢を整え反撃に打って出た。
スターリンは反撃に移る赤軍を二手に分け、
その一方をノモンハン事件(戦争)で
日本軍を壊滅に追いやったジューコフ将軍に委ねた。
ベルリンを陥落させたのはこのジューコフ率いる赤軍だった。
先日行われた欧州議員選挙。
フランスではEU離脱、フランス中心の政治を主張する
マリンヌ・ル・ペン女史率いる
「国民集合 Assemblement National 」が
マクロン大統領率いる与党を抜いて第一党となった。
国民集合は元FN (Front National)が名を変えた右翼政党。
マリンヌの父親が立ち上げ、当初はナチスのガス室は
存在しなかったなどの発言をして物議をかもした。
娘が党首を引き継ぎポピュリスム大衆路線に転換。
2017年の大統領選にはマクロン氏と決選投票を演じた。
最終的に敗れはしたもののここへきて勢いを盛り返している。
EU離脱を主張する政党が最大多数の議員を
EU議会に送り込むんだからなんとも矛盾した姿。
フランスにはアンチ・セミテイスムと呼ばれる人種差別
反ユダヤ主義が昔から深層にとぐろを巻いていて
時としてその黒い憎悪が頭を擡げる。
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