めのおの少年時代 その⑨ | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

めのおは塀の内側でじっと耳を澄ませた。
板塀の向うでは、いつもの遊び友達、健ちゃん、多喜男君、それに竜べえの話声が聞こえる。路地に接した植木屋から源ちゃんと清ちゃんが出て来たと見えて、子供たちは、これからの遊びに声が裏返るほど興奮して、喋りながら公園へ向かって行った。

めのおは、庭の隅の竹藪に半ば身を乗り入れ、いざとなったら、そこにあるフェンスの柱の名残りに足を掛けて塀を乗り越え、彼等の仲間入りをしようと思っていた。

「でも、まてよ。今日は、やめといたほうがいいかもしれない……」

4歳と5歳の2年間めのおは東京からずっと離れた兵庫県の田舎で祖母と二人きりで暮らした。 土地の子供たちと、夏は膝くらいまでの小川に盥を浮かべて遊び、冬は雪の球を作ってはぶつけ合って遊んだ。その間も、自分は東京から来た子だという意識がめのおにはあって土地の子との間に距離を感じさせていた。5歳の終わりに東京の親の家に戻ってからは、こんどは逆に、田舎から出てきた子だという意識が、隣近所の子供と遊ぶ時に、「よそ者」の意識を少年に、抱かせていた。

 

 

兵庫の田舎にもあった「なんてんの実」↑

 

「来週から、また試験だしな」
めのおの心には、中学に進学してから、急に重要さを持ち始めた学校の試験のことが浮かんだ。 区立の中学校は、毎学期、中間と期末の2回ある試験の成績順に全生徒の名前を書きだした横に 長い紙を廊下に張り出すのだった。成績順など小学校の時は意識したことがなかった少年は、中学へ上がって初めての試験で、前から二番目に自分の名前が書いてあるのを見て「ばからしい」と思いながらも、それからは、試験の成績順というものを意識するようになっていた。

ベーゴマやメンコ、ビー玉に熱中したあの夏休みの毎日とは違う自分が心の中で頭を擡げるのをめのおは感じていた。

竜べえの家には境の生け垣の隙間から出入りしていた。竜べえの家の壁と隣の塀との狭い通路から公園へ出られるのだった。また石屋の健ちゃんの家は庭が公園に続く墓地に繋がっていた。彼等はみな商売人の子供たちだから、勉強しなくても親の職業を継げば暮らしに困ることはない。

こんな遊びとはもう、今日かぎりお別れだ。めのおの足もとにはお菓子のブリキの箱にぎっしりと詰められたメンコ。別の木の箱には透明な丸いガラス玉の中に青、緑、橙、黄いろ、赤と七色の飴のような模様が溶かし込まれたビー玉が入っていた。これは宝の箱だからだれにも見つけられない秘密の場所にこっそり埋めねばならない。

めのおは、決心すると、竹藪から少し離れた八つ手の木の陰にスコップで穴を掘りメンコとビー玉の入った箱を埋めた。

あいつら毎日遊びにうつつを抜かし、学校で習ったことの半分も覚えちゃいない。竜べえや健ちゃんは、あれはあれでいいんだろう。家の商売を継げばいいんだし。学校の成績などたいして重要じゃないんだ。

僕は、竜べえや健ちゃんと同じようでいては、この先いい学校へは進めなくなる。

めのおの家は焼けぼっくいと焼けたトタン屋根で出来た掘立小屋だ。家が貧しいという事をめのおは子供ながら理解していた。父親は日本ではまだ珍しい新しい職業に就いて会社の経営も順調とは言えないらしく、毎月のサラリーが遅れがちだ。

めのおは次男なので兄のお下がりを着せられることが多かった。野球のミットの形に切り抜かれた厚手の布が尻当てに縫い付けられている半ズボンを学校に穿いて行かねばならなかった。それが どんなにめのおに恥ずかしい思いをさせたことか。金持ちの家の子らしいパリッとした服を着た男の子がめのおの近くに寄って来た時、恥の焼ける思いが込み上げ、尻当てを見られないようプールの塀に尻を押し当てて隠したものだった。

家が貧しいんだからしっかり勉強してお金のかからない公立の学校に進学しなくちゃならない。

お袋がいつも言ってることはよくわかる。
「ウチはサラリーマンなんやし、サラリーもたくさんもらってるわけやない。しっかり勉強して、ええ学校へ行って、ええ会社に就職するしかないのよ。寄らば大樹の陰ゆうて、大企業に入っとけば安心なのよ。そのためにしっかり勉強して、ええ成績取って、ええ学校に行けるようにしなさい……」

学期中に習ったことを、教科書を読み直して、もう一度復習する。教室で理解できたから覚えていると思っていても、いざ言葉や図で表記してみようとすると完全には理解しきれていないことがたくさんあった。それを復習という単純なことで、ほぼ完全に頭に入れ、理解し、記憶できるのだった。

試験前に自分で計画を立て、日ごとに実行することで、二週間あれば、その学期の半分の期間に習ったことをすべて確実に記憶することができた。

こういう勉強法を自分でやるようになってから試験の成績は自分でも驚くほどよくなり、遊ぶよりは勉強の方が面白くなった。

でも、近所の同年齢の子供と自然な仲間意識で遊ぶことの楽しさは、勉強では味わえない魅力があり、その誘惑に打ち勝ったとしても、ある寂しさが、孤独感がめのおの心に残った。

竹藪と八つ手の間には、荒いコンクリートの防火用水が置いてあり、そこには一年中水が張ってあった。多摩川へ釣りに行ってビクに入れて持ち帰ったクチボソと鮒が今も用水の中を泳いでいる。

めのおは水槽の中で魚が泳ぐ姿を見るのが好きだ。小鳥を飼ってみたくて十姉妹の番いを飼ったら卵を抱いて雛がかえった。めのおが作った鳥小屋はそうやって増えた小鳥が十羽近くも棲んでいた。

十姉妹に飽きて次は文鳥の雛を分けて貰った。開けた黄色い嘴の奥に竹ベラで練り餌を入れてやり手乗り文鳥に育てた。文鳥の嘴が濃いピンクに色づき灰色の背中が日ごとに濃くなってゆくのを 見るのはこの上ない楽しみだった。

めのおが縁側に座ると、雌の三毛猫が寄って来て膝に飛び乗った。いつも毛を撫でてやり、お腹の毛を逆撫でして白い産毛を広げると大抵、ノミが4・5匹逃げてゆくのがみつかる。その中から、いっぱいに卵を抱えて腹が白くなった雌のノミを捕まえ、両手の親指の爪に挟み込んで、プチッと潰してやるのが、猫と言葉を使わずに交わした契約なのだった。三毛猫はめのおの膝で目をつぶり、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしていた。

エンジニアの父はめのおが理科工作が好きで得意なことが気に入ってるようだった。誕生日には子供向けの顕微鏡を買ってくれた。玉ねぎの皮を薄く剥いでガラスのプレートに載せ細胞を観察することからめのおは始めた。

「動物が好きだし理科が好きだから生物学者になりたいな……」

父親が出張で不在のテーブルを母親と4人の子供が囲み、夕食を食べながらめのおが漏らすと母親は笑ってすかすように言うのだった。
「生物学者やなんて、天皇陛下みたいな食べてゆくのにちーとも困らない身分の人がやる学問やないの。お父さんに似てあんたは理科と算数は得意やから、理科系へ行くのはええことや。けど、まず食べてゆくこと、生活に困らんしっかりした経済的基盤を築くこと考えんとだめよ。……あんたは手先が器用やから歯医者なんかぴったりや思うけどね。歯医者ならひとの命に関わる病気や手術もないし気も楽よ。歯医者になんなさい」

  (つづく)