スタンダールの「恋愛論」 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

フランスの19世紀の小説家、スタンダール(1783~1842、日本ではスタンダールで通ってますがフランス人の発音はステンダールに近いです)はジュリアン・ソレルという青年が主人公の「赤と黒」、そして若いイタリア人ファブリスが幽閉されたファルネーゼ塔から監獄長官の娘クレリヤの助けをかりて脱走する冒険から始まる「パルムの僧院」など情熱的な小説を多く書きました。

スタンダールは理工科大学の入学試験に合格し陸軍技師としてナポレオンのイタリア遠征に従軍したことからも分かるように小説を書くとともに冷静な分析能力を発揮して評論もたくさん書いています。

彼の評論のひとつに「恋愛論」があります。恋という情熱の作用について分析し、恋愛の中でもっとも貴いのは情熱的恋愛だとして恋という現象を情熱と想像力の作用として分析し、そこに「結晶作用」というみごとな比喩を用いて形象化しました。

「結晶作用=cristallisation クリスタリザシオン」という言葉はまた「ザルツブルグの小枝」とも呼ばれ有名になりました。

 

 

モーツアルトの生まれた街、オーストリアのザルツブルグはその名のとおり塩(ソルト、ザルツ)の鉱山で有名な街。岩塩の鉱山の街ですね。

廃坑になった塩の坑道の奥に枯れた木の枝を入れておき、数か月経って取り出してみると、裸の木の枝に塩分が付着し、元の枯れ枝が見えないほどに塩の結晶が成長して「山雀(やまがら)の足ほどの太さもない細い枝も、無数のきらめく輝かしいダイヤで飾られたようになる。」

この現象を恋する男(女)の心の作用に見立てて「結晶作用」と名づけました。

恋愛の初まりは、たいてい、ふと垣間見た、女の子のうなじだとか、口もとだとか、眼だとかが、男の子の逞しい胸だとか肩だとか笑顔だとかが無意識のうちに心に忍び込み、それがイメージとして残り、やがてイメージは次第に膨らんでゆき、愛という情熱によってさまざまに飾り立てられ、しまいには崇高な女神の姿に結晶する。

 

恋愛とはたいていこういう形で進行するものだ、とスタンダールは本職の陸軍技術仕官の仕事よりもイタリア女性との恋愛にうつつをぬかした自分の体験を分析したうえで、こういう理論を「恋愛論」に書いたのでした。

"恋愛の快楽は愛することにある。
人は相手に起こさせる情熱によるよりは、
みずから感じる情熱によって、いっそう幸福となる"

―― 17世紀のフランスの箴言家ラ・ロシュフコーの言葉

 

 

  ヾ(@°▽°@)ノ