リラ、藤、アイリスが陽当たりのよい場所では、もう咲いています。
フランスじゅう快晴というこの日を逃がす手はないと、少し遠出をしました。77号線をロワール河沿いに70kmほど下るとネヴェール Nevers の街、ここは迂回して、もう少し南へ行くと、F1レース用に建設したは良かったが、インフラ不備のため不人気で使われなくなったマニクールのサーキットがあります。この辺りで高速道路は終わり、旧国道7号線に変わります。辺りは高速道路にするため工事中でした。
サンピエール・ル・ムーチエという村で7号線を出て、細い田舎道を30kmほど走ります。目指すは、ブルボン・アルシャンボー Bourbon-l'Archambault という小さな町です。
中央高地帯に近く、オーヴェルニュ地方に入ってますが、土地はまだ平坦で、牛、ヒツジの放牧が盛んです。春先に生まれたばかりの仔牛や子羊が親と戯れています。
午後3時に家を出て、町と丘の上の城砦が見えたのはもう5時近くなっていました。
走って来た道から町が見下ろせました。
町は小さく狭く、山間の町の雰囲気です。家は暗色でどっしり重厚さを湛えています。
町の観光案内所で地図を貰い、簡単な歴史を書いたパンフレットを買いました。
この町は小さいけれど温泉が出るのです。湯治場として古代ゴロワの昔から知られ、カジノなどもあります。
フランスの温泉は、昔は自由に入れたのでしょうが、いつごろからか医療施設になってしまい、ドクターの処方箋がなければ入れません。中央高地帯は火山なので温泉が出るし、鉱泉水がペットボトルで売られています。温泉で有名なのは、かのヴィシー政権があったヴィシーですね。ペットボトルではヴォルヴィック Volvic があります。大抵のフランスの水は硬水で石灰分が多いのに、ヴォルヴィックは火山岩を縫って湧き出る水なので酸性で、お茶を淹れるのに欠かせません。
町の中心の温泉 Les Thermes です。若葉を通して初夏の陽が輝くようでした。
これが、町一番の湯治場です↓
建物の前の、菩提樹(チユル)の並木が清々しい↓
この町は、こんなに小さいのに、フランスの歴史と深い関係があるのでした。その名の通り、太陽王ルイ14世を生んだブルボン王朝のルーツがここにあるのでした。
温泉場の手前の広場に3つ建物がL字に並んでいます。モンテスパン、セヴィニエ夫人、タレーランが湯治のため逗留した館です。
モンテスパン侯爵夫人(マダム・ド・モンテスパン、1640~1707)はルイ14世の寵愛を一身に受けたファヴォリ(愛妾)ですね。ルイ14世との間に7人の子をもうけています。1707年の5月27日、湯治をする甲斐もなく、この町で没しました。
モンテスパン夫人の名前をとったこの町最大のホテル↓
オルレアン公ガストンはルイ13世と兄弟の関係にあり、おらが村サン・ファルジョーに亡命してヨーロッパ一の豪華サロンを開いたグランド・マドモワゼルの父ですが、ここの温泉の効能をいち早く認めました。
グランド・マドモワゼルは、絶対王政を築こうとしつつあったマザランと幼いルイ14世に反抗したパリ市民と高等法院議員(フロンドの乱)に味方をしたために王権の怒りを買ってヨンヌ県の田舎サンファルジョーに島流しにあったのでした。
セヴィニエ夫人はグランド・マドモワゼルともモンテスパン夫人とも仲が良く、手紙や記録を残しています。タレーランはナポレオン・ボナパルトの時代の外交官として活躍しましたが生来足が悪く、しばしばここの温泉に湯治に通ったということです。
つづく









