まず、新入社員ばかりを集めたガイダンスを1週間受講した。最初にフランス人の工場長が、この工場がどういったコンセプトに基づいて設計されたかを説明した。製造ラインの車がスムーズに無駄なく流れるようコンパクトな設計であること、水処理と排気など環境汚染を最小限に留めるよう十分に配慮したことを強調した。そして各人が持てる能力を発揮して、コミュニケーションがスムーズにゆく活気ある工場にしたいと抱負を述べた。上に立つ者は、上司のいう事だから聞けと意志を押しつけるのではなく、その仕事を実行する者の理解を十分に得るよう努め、また仕事を行う者は、言われたからやる、言われたことだけをやってればいいという従来のフランスの現場にあった人間の可能性と能力を自ら制限するような官僚主義的考えを捨て、従来の慣習を打ち破るような、意欲を持って、毎日そこで人生の3分の1近くも占める重要な時間を過ごす持ち場で働きながら、感じ、考えたことを躊躇わず表明し、上司にも伝えるようコミュニケーションを活性化し生き生きとした工場にしたい、と意欲を見せるのだった。
工場長の後、それぞれのショップのエンジニアが説明をした。ガイダンスはフランス人新入社員向けで、その中に新規採用の通訳が10人ほど混じっていた。フランス人新入社員は、それぞれ入社後どの部署に行くかあらかじめ分かっているようだった。通訳の10人は全員アドミの所属で、いちおうショップ別に担当が決められたが、それは便宜上のもので、空き時間があれば他の部署の仕事も引き受けることが暗黙の了解としてあるらしかった。
休憩時間に、外の空気が吸いたくなり建物の出入り口に下りてみると、十人くらいの男が煙草を吸ったり立ち話をしていた。その中の若く小柄で身体がずんぐりと丸い感じの日本人の青年に声をかけると、彼は僕らよりも前に一次募集で採用された通訳だった。プレスショップが担当だと言った。
「いま、ちょっとトラブっててね。通訳の出来が悪いって問題なってんですよね」
彼は半ば自虐的な笑いを浮かべながらそう言ったのだが、彼自身が問題にされてる訳ではないことが顔に表われていた。
「へえ~、そうなんだ。それで、新たに僕ら10人が採用されたってワケなんだ。いったい、どんなんだろ? 問題って、トレーナさんが、言いたいことが伝わってないってクレームしてるわけ?」
彼が頷くので、「どんな人、その通訳?」と思い切って訊ねてみた。
「それは、ちょっと言えません」
まあ、そうだろうな、と僕も頷いて
「プレスショップは設備が中心だから、機械設備について良く知ってないと通訳はむずかしいでしょうね。僕でも、いきなり回されたら出来ないだろうな」
彼が仲間を庇ったことを、僕は問題は語学能力ではなく、機械設備と工学的知識の深浅だろうという経験論を述べることで肯定したのだった。
その時、黒ぶち眼鏡を掛けた顔色の悪い日本人トレーナーと見られる男が
「ちょっと通訳お願いできますか」
といきなり僕に向かって声を掛けて来た。休憩時間に、立ち話で? なんか仕事なんだか、雑談なんだか、わかんない気がするが、偶然担当相手と出会って、この機を逃がさず話しておかねばといった切羽詰まった様子が黒ぶち眼鏡の日本人に感じられたので、出たとこ勝負で通訳してやっていいやという気になった。黒ぶち眼鏡さんと比べると骨格もがっしりして肉付きの好い、フランス青年との会話の中身は、ロジステイックスに関することで、パーツを入れて運搬用に使う金網のコンテナの支柱を折り畳むにはどうすればいいかという技術的な話だった。
ガイダンスの期間中、いちど喉が渇いたので自動販売機の置いてある休憩所でジュースを飲んでいると、部長らしい痩せてはいるが風格のある人と若いトレナーのチーフのような肩幅の広い男が僕の脇へ来て話しかけて来た。
「あんたは前に、組立ラインの改善プロジェクトをやったことがあるんだって?」
履歴書に、「日本的生産方式」のコンサルテイングをやった経験があると書いておいたのが、アドミからこの組立部長らしい人へ伝わったらしい。
それは、前の前に勤めていた会社が、バブルの時期に新規事業に手を広げて始めた海外の自動車工場建設工事を「日本的生産方式」に基づいた設計を目玉にして、請け負うための、エンジニアリング事業で、呼び込み用に「既存の生産ライン改善プロジェクト」をセールスしたところ、フランスを代表する自動車会社から最初に請け負った仕事だった。
「どんなふうなことやったんですか?」
「ノルマンデイーにある工場でしてね。平均年齢が50歳っていう高齢化工場で、グループの中、もっとも効率が悪いと有名だったんです。組立ショップの中のドア・ラインをモデルに選んで、改善プロジェクトをやりました」
「具体的に、どんなふうにやったの?」
「あそこのドアラインは、オペレーターが日本の倍近く居るんです。ラインに貼りついてるオペラ―ターの数を30%減らすことを目標にしてくれと本社のデイレクターから言われました。作業観察から始めて、ライン脇のパーツの置き方の改善、ロジステイックスの改善をフランス人と一緒にやりました。次に時間計測と作業分析をして、標準作業を提案し、ラインの編成替えをして、目標には達せませんでしたが、15%改善しました」
部長の顔付きも横にいるトレーナーチーフの顔もなにやら輝きはじめたように見えた。こういう経験者が出てきたことが僥倖に思えたのかもしれない。
ガイダンスが終わった日の夕方、アドミの通訳担当責任者から、「明日からあなたは、組立を担当してください」と言われた。
「建屋工事の遅れで、工場へはあと2か月入れないので、別の場所に国の職業訓練所を借りてありますので、毎朝、ここでトレーナーさんと落ち合って、車で連れてってもらってください」というのだった。別の場所というのは、ここから50km離れたドウエという街のことだった。
(つづく)
