新しい長編のための素描 その② | 雷神トールのブログ

雷神トールのブログ

トリウム発電について考える

去年の暮れに辞令が出て、3年前に進出が決まったフランス工場へ、支援トレーナーとして半年ずつ4回、合計2年間の出張を命じられた。

おれは料亭の息子に育ち、小さい時から厨房に出入りして、包丁の使い方、
肉の捌き方から野菜の煮炊き、味付けを覚えて来たので、単身赴任で自炊しなければならない境遇にもいっこう不便を感じないが、女房子供を残して2年も別れて暮らすのがちょっと辛い。

上の子は、高校2年。おれが行けなかった大学へ息子には行かせたやりたい。女房だけで大学受験の危機を乗り切れるか心配だ。下の娘は中学3年で、来年高校生。母親とうまくいってるから、二人で相談して最適な高校をみつけるだろうと信じるほかない。フランスへ行ってからも毎週一回は電話するからねと女房と子供に言って納得させた。


就任の挨拶に、W社長、K工場長、Nプレス部長、S保全課長と順番に回った。社長は、工場建屋の完成が2か月も遅れたことを怒り嘆くのだった。
「フランス勢と日本勢を斥けたのも、納期が守れないだろうと心配だったからだ。ユーロデイズニーを建設した英国の会社なら大丈夫だろうと選んだのに残念だ。英国人でもフランスの会社を使い切れないってことだ。今まで日本車の輸入を制限していたフランスは、保護政策に甘えて競争力をつけて来なかった。これからEUになってマーケットが自由化されると、そのツケが回って来るだろう。日本の企業が厳しい国際競争に勝ち抜くために培ったノウ・ハウをフランス人にも教えてやらなければならんよ。彼等はプライドが高くって、自分らのためになるいいことを教えてやってもなかなかいうことを聞かない。2・3回教えたくらいじゃダメだから根気よく、100回は繰り返す積りで教えてやってくれ」と社長は言うのだった。そして、先日の突風でプレス建屋の壁が吹っ飛んでしまったと笑いながら付け加えた。


presse
              トランスファー・プレスの全体像↑


K工場長にその話をすると、「いやあ、驚いたのなんのって、壁ごとガサッと吹っ飛んじまったんだからな。幸いプレスも据え付けが終わったばかりで、これから稼働って段階だから、雨風が吹き込むのがちょっと困るが、2週間もすれば修復できるだろう」とさほど心配はしてない様子だった。

プレス部長のNさんは、日本でも顔なじみだったから、よく来たよく来たと笑顔で歓迎してくれた。ところがやっぱり欧米の企業の日本とは違うサービスの悪さを嘆くのだった。
「ブランキングじゃあ、なんたって、ダントツの世界一のメーカーでしょう。それが、据え付けが終わって、かれこれ2か月が経とうつうのに、いまだに、仕様どおりのパフォーマンスがでないんだからね~。いやんなっちまうよ。まあ、メインの4千トン、トランスファー・プレスの据え付け工事が無事終わったから、やれやれってとこだけどね」


blanking
           自動車工場のいちばん先頭の工程、 ブランキング・プレス↑

「いろいろご苦労されたんでしょうね。お疲れさまでした」
「このへんじゃあ、近頃めったにない大工事だって、地元の新聞に載ったくらいだよ。……ところで、プレスの型なんだが……」
Nさんは、苦りきった顔になって言った。

「ダンケルクから運んでくる途中でな、カーブで積み荷を落っことしやがったのさ」
「ええっ!運送屋が積み荷を落っことしたんですかい? で、型は壊れたんですか?」
「一個が大破だよ。使えなくなった。造りなおさんといかんね。Sさんが詳しい事情知ってるから聞いてごらん」

Sさんは、荷台の型をしっかり固定してなかった運送会社の過失だと言った。日本でもう一度同じ型を造りなおさないとダメだという。呆れたというか、日本じゃありえない間抜けた話だ。


Sさんは型保全にはまったくの素人だが、型保全もメンテの所属なので一応直接の上司なのだ。Sさんは、おれと同じ高卒で課長まで上り詰めたこの会社でも珍しい人だ。そのSさんによれば、社長も工場長も一戸建ての家を会社から支給され、家族同伴のうえ、お手伝いさんが毎日掃除に来てくれるという。Nプレス部長は、30km離れたリールの郊外のマンションに、S課長は、工場のすぐ近くの町のアパートに入っている。二人とも出張ではなく、出向者として家族帯同だ。

日本から現地に出張で来るトレーナーさんたちの宿泊用に会社は、工場の近くに建売住宅を20軒近く買ったので、そこへ入居を勧められたが、おれは断った。変人と見られるかも知れないが、おれは仕事が終わったら、自分独りの時間を持ちたいのだ。向う三軒両隣同じ会社の人間ばかりと面付き合わせた生活などまっぴらごめんだ。それで、他のトレーナーさんとは少し離れた場所にアパートを借りてくれるよう頼んで置いたのだ。

この会社は上下のヒエラルキーをやかましく言うところがあって、日本の伝統文化と見做してるのか、先輩、後輩の関係が重視される。おれが寮長だった学園でもそこんところはまったく同じで、おれ自身その心理を寮の風紀維持に利用してた。だが、フランスへ来てまで、そんなしがらみというか、ベタベタした人間関係を引き摺って欲しくない。おれが料理の腕がいいことはみんな知ってるから、トレーナー・ハウスなんかに入った日には、おれんところへ和食の恩恵に与ろうって輩が毎日押しかけてきて、独りゆっくり寛ぐ時間も持てなくなることが目に見えてる。寮長を2年やったお蔭で、人の扱いには慣れてるつもりだが、個人主義の国、フランスへ来てまで、仕事が終わった後もサービスに徹しなければいけない理由はない。おれも、人生で一度きりの外国暮らしを、フランス人並みに、余暇を好きなことをして楽しみたいのだ。型保全の同僚たちだけには、たまには腕を揮って和食を食べさせてやりたいと思ってはいるが、他のショップのやつらにこっちの生活を搔き乱されるのだけは、まっぴらご免だ。そんなわけで、おれは、トレーナーの中じゃ例外らしいが、独りだけ離れた場所にアパートを借りてもらった。

来て見てびっくりした。アドミが手配してくれたアパートは、工場から車で10分ほどの便利な場所にあるが、車を置く中庭の入り口が地上1メートルほどしか開いてなく、すぐ上を建物が塞いでいて、道路から見ると車の屋根がつかえそうに見える。どうやって入りゃいいんだと訝りながら近づくと、車の出入り用に、地面が掘り下げられていて、急な坂を降り登って中庭に入るのだった。フランス人は変わった設計をするもんだと呆れてしまった。

  (つづく)

ペタしてね 読者登録してね