ヴェズレイ日記から その③ | 雷神トールのブログ

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ロマン・ロランのヴェズレイ日記から


tramway
              デイジョンに最近出来たトラムウエイ↑ 内容と関係ありません。


(1940年)6月14日と15日(金曜と土曜)の夜中、午前2時頃に、私の妹の友達、デジョンのブロック嬢と、デジョン市長ジャルデリエの夫人と二人の息子がドアを叩いた。

市長は夫人と息子を急ぎ発たせたのだった。ドイツ軍が、サン・デエに到達し、デジョンから100kmのショーモンを爆撃した。ジャルデリエは、なによりも20歳未満の息子たちをドイツ軍の捕虜となる事から救いたかった。

私たちは、台所と食堂の床にマットレスを敷き、彼等が泊まれるようにした。(すでに私たちのほかに5人が泊まっている)。デジョンを発つ時、妹は私宛のことづけをブロック嬢に頼んだのだが、混乱と虚脱状態にあったブロック嬢は妹がなにを言ったか聴いておらず、私に伝えることができなかった。

私は、妹が、もし友達のイヴォンヌがデジョンに移って来て、そのまま居残るなら、一緒に留まり、でなければ一緒に発つと決めたのだろう、なにがあっても友達のイヴォンヌ・パケと共にいる決心をしたのだと思う。

でも、発つとしたらどこへ? ヴェズレイへ来るのか? いつ? それがわからない。それとも、イヴォンヌの学校が移された所へか? ―― 私はとても心配だ。なぜなら、私たちが疎開を余儀なくされ発った後に、妹がここへ来るような不運にならないとも限らないから。

私は留まるためにあらゆることをしよう。だが、女たちは理性を失っている。ヴェズレイ全体が狂乱状態だ。年寄りのブルジョワの一部は、なにも恐れる必要は無いのに、今朝(15日)大急ぎで立ち去った。めくらめっぽうに、どこへとも知らずに。

憲兵隊は悪い見本で、妻や息子たちを発たせている。最初の警報と同時に、憲兵隊は逃げ出し、町が略奪されるに任すだろう。―― 昨日、デジョンはまだ疎開しなかった。が、今日はありうることだ。

「無防備都市宣言」をするか否かにつき、決断がまだ下りていない。(12時に!)周囲に塹壕を掘り始めた。だが、塹壕を守備をする男たちはどこに居るのだ。

ドイツ軍が、セーヌの戦闘に新しい師団を投入したのなら、それは、ジークフリート線(注)を彼らが離れたか、またはイタリアの師団と入れ替えたということだ。宣戦布告以来、イタリア軍が見かけ上動かないのは、そのためだと説明がつく。

イタリアの師団はフランスを蹂躙し(蹂躙させて)しまう。策動の危険を回避しながら。「卑劣な行為」と呼べるのがそれだ――ヒトラーはイタリア師団を良く知っている。

(注:ジークフリート線 1930年代の後半に、ドイツのフランス国境地帯を中心に構築されたドイツの対フランス要塞線)

  (つづく)

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