1940年前後のフランス史 その⑨ | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

「シャルル・ド・ゴール回想録」抄訳の続きです。

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私は渡された文書(テキスト)を検討した。すぐに、壮大な構想は、どんなにしても、急速には実現できないと思えた。覚書を交換することによって、原則的に英国とフランスは、それが望ましければ、それぞれの制度、それぞれの利益、それぞれの帝国を互いに融合することが可能だという個所が注意を引いた。案の各要素を実際的な方法で解決すること――たとえば、損害を共有化する点など、は複雑な交渉が必要であり難しいだろう。しかし、英国政府が我々の政府に提案を行う事自体が、連帯の意志表示となり現実的な意味を持ちうるだろう。とりわけ、コルバン氏とモネ氏同様、この案は、最終的危機に
填まり込んでしまっているポール・レイノー氏に、閣僚に対しての粘り強い論拠と励ましを齎す性質のものだ、と私は考えた。従い、私は、チャーチル首相がこの案を考慮に入れるよう説得する役を引き受けることにした。

この日の午前中は過密だった。輸送船「パスツール」の目的地の調整から始めた。この船は、アメリカ合衆国から届いた千門近い大砲、数千丁の機関銃と銃弾を運んでいる。この船は航行中だったが、ボルドーから私が出した指示で進路を変更し、英国のある港へ向かっていた。戦況からして、この上なく貴重な積荷が敵の手に渡ることを防がねばならない。ダンケルクで敗北した英軍は、武器のほとんどすべてを失ってしまい、「パスツール」が運ぶ大砲と機関銃は英軍が再武装するのに役立つのだ。

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このあとの節では、フランス軍が戦争を放棄した場合、海軍の艦隊はどうなるのか? が誰しもが自問していた問題だったと書かれていますが、ここでは割愛します。(中略)

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英国首相も、この問題を考えていた。私は、コルバン氏とモネ氏と一緒に「カールトン・クラブ」へ首相との昼食に赴いた。

「なにがあろうとも、フランスの艦隊は、自主的に引き渡されることはありません。ペタン自身もそれには同意しないでしょう。それに、艦隊は、ダーラン提督の領分ですからね。封建領主は自分の領地を引き渡しはしません。しかし、敵がわれわれの艦隊に手を付けるのを確実に避けるには戦争を続けねばなりません。

ところで、トウールでの、あなたの態度に私は怒りとともに驚きを覚えたと申し上げねばなりません。あのとき、あなたは、われわれの同盟を安く買い叩いたとお見受けしました。あなたの協力辞退(RAFの出動を断ったことなど)が我々サイドの連中を投降へ傾かせました。

「ああせざるを得なかったことはあなたもお分かりでしょう」と彼は言った。
「英国人のだれもが、賛同してくれています」

「ノン。われわれが置かれている危機的状況で、われわれを鼓舞するには、まったく別のことをせねばなりません」

首相は動揺したように見えた。彼は暫くの間、内閣官房長官のモートン氏と協議した。私は、彼が、すでに決裁済の事項に変更を加えるのに必要な措置を、最後の瞬間に、取っているのだろうと推測した。

30分後にボルドーで、英国大使がポール・レイノー氏の手から、すでに手渡されていた覚書を取戻したことの原因は、この時にあったのだろう。この覚書は、英国政府が、フランスがドイツに対し、申し込んだ、休戦協定の条件につき
原則として同意を与えるというものだった。

 (つづく)

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