フランスと日本人画家 その⑪ | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

今までになんどかブログに書いたのだが、佐伯祐三とめのおのフランス滞在とは深いところで繋がっている。高校から大学卒業までの青春時代に、佐伯祐三の絵をどこかで見た。昭和43(1968)年10月25日から11月24日まで、朝日新聞社主催の「佐伯祐三展」がセントラル美術館で開かれている。

同じような時期に、銀座の某デパートで「モジリアニ展」を、さらに「ユトリロ」の絵を何枚か見た。めのおは、この3人の画家の絵を見て、必ずパリへ行くと心に誓ったのだった。

そういう魅力を3人の絵は備えている。佐伯の絵は魅力を通り越して「魔力」に近いものを持っている。モジリアニと佐伯に共通なのは、ふたりとも結核を病んでいたこと。病魔に侵された身体で「美の女神」にとり憑かれたように、文字通り命と交換に、絵を描き続け、燃え尽きたかのように死んだ。佐伯30歳、モジリアニ35歳。

モジリアニとユトリロは、アルコール依存症だった。モジリアニは人物ばかりを描き、パリの風景を描いたユトリロは佐伯に影響を与えた。

めのおは、パリに着いた当初は佐伯のことを忘れていたのだが、二部屋続きの屋根裏部屋があるから画家とシェアーしてはどうかと勧めてくれる友達がいて、紹介してくれた画家が「ゆうぞう」という名前で、佐伯祐三の芸術家としての純粋さを熱を籠めて語るので、思春期の情熱を甦らせてくれたのだった。

ある日、「ゆうぞう」が、佐伯がフランスへ着いたばかりのころ借りていた家を探しにクラマールへ行かないか、と誘った。

佐伯祐三は、1924年1月3日にパリへ到着し、モンパルナスのシテ・ファルギエールの里見を訪ねた。ここはモジリアニも藤田も住んだことのあるモンマルトルの「洗濯船」のような画家のコロニーだった。

里見は6人一緒に泊まれる宿をと、まずは「オテル・ソムラール」を訪ねたが、生憎空き部屋が無く、少し高めだが大きな、パンテオンの右隣のホテル、「オテル・デ・グランゾンム」に6人は泊まった。数日後「オテル・ソムラール」が空いたので、そちらに移った。現在このホテルは「オム・ラタン」と名を変えている。

このホテル滞在中に佐伯が8号のカンヴァスに描いた「サクレ・クール」が残っている。ユトリロと同じ視点でサン・リュステイック通りの狭い路地の奥にサクレクール寺院が覗いている。もう一枚、ホテルの窓からノートルダム寺院の塔と尖塔と屋根を描いた「ノートルダム遠望」が残っている。

ホテルの部屋は狭く、6階にあったので、足の悪い米子が階段を上り下りするのが大変だったこと、まだ2歳の娘の弥智子が夜泣きをし隣室から苦情が出た。それに佐伯が好きな蓄音器をかけられない。

里見と中山に、こぼすうち、最初黙っていた中山が、クラマールに家賃を三か月分前払いし、空室のままになっている一戸建ちの家があると漏らした。広い庭の中にアトリエに使える広い部屋と3つの部屋がある。

クラマールは、ロダンが晩年にアトリエを持ったパリ南端とセーヌを挟んで対岸の小高い丘に広がる高級住宅地ムードンに隣接した緑に溢れる地区。

中山が借りた一軒家は広い庭の中にあり、その敷地の所有者がマルキ・セヌピ・ド・ラヴェヌという貴族だったことを、こんど新潮社、朝日晃、野見山暁治共著「佐伯祐三のパリ」2009年5月第5刷)を読んで知った。

この本に、佐伯が住んだ家の門の写真が載っている。もうひとりの「ゆうぞう」と、この門扉を押して朽ち果てた佐伯のアトリエを発見したのが1975年の春のことだった。あまりの懐かしさに、この写真の一部を拝借します。



フランスの田舎暮らし-門小



佐伯一家はさっそくクラマールのこの家に移った。続いて里見の周辺に居た小島善太郎、川口軌外も同じ敷地内に移って来た。

金子光春の「ねむれ巴里」(中公文庫)には、クラマールのことが出てくる。

「その頃、クラマールに住みついていた画家は、松本弘二夫妻と版画の大家、永瀬義郎などの人たちで、…(中略)…。遊び好きな連中で、夜通し、踊って、のんで、みんなで肩を組み、ほのぼのとした朝げしきの森へ飛び出していった。和製のサチールとニンフたちが、灌木の茂みの中にもぐり込んだが……」(P77)
「とりわけクラマールには、日本の郷里からの仕送りがあって、よくよく切りつめてではあるが、じぶん一人ぐらしには事欠かず、その代わり、他人の侵害を極端に要慎(用心)しながら画の勉強をしている者が多かった。」(P81)

金子光春がシンガポール、マラッカ、セイロンと南京虫に食われながら寄り道し、アルチュール・ランボーが詩に愛想をつかしてアビシニア人相手に辛い商売をしに行ったアデン(亜丁)に降りたりしながらマルセイユ経由でパリに着いたのは昭和3年のことだから、佐伯一家がクラマールへ移ってから5年後のこととなる。佐伯はもう、この世の人ではなかった。

  (つづく)

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