僕は、社会生活の最後の10年間を、主に、フランスでの「改善」をテーマに日本とどのような違いがあるのか見たいと思い、現場のポストを選びました。
僕個人の経験、個々の具体的経験を書いた方が生き生きとして面白いと思うのですが、ごくありきたりの概括となるのを承知の上で、ひとまず全体のまとめ的なことを書いておきます。
まず、日本的生産方式の特徴、その代表のようにいわれる「ジャストインタイム」や「カンバン方式」の歴史についても触れたいですが、欧米の生産性向上技術との違いに、なんといっても「全員参加」が挙げられると思います。
日本の工場では、工場長や、本社の社長が現場を視察した時に、落ちてるゴミを拾って見せたりします。最上層の管理職が自らお手本を見せる。機械の中に潜って油まみれになるのも厭わないんだぞと、心構えを見せようとするわけですね。トップから第一線の現場オペレーターまで全員が参加して運動を進めるのが日本的改善だと、ちょっとした仕草に改善の神髄を見せるんだというわけです。
雇用者との契約を重視する契約社会の欧米では、このような「長が見せるお手本」に感激して、自分もやらねばと感じる人がどれだけいるか?
欧米と日本の組織で、ひとつ重要な違いがあります。班長、グループ長など、一応管理職とされ、したがい残業手当などが付かないのに責任は持たされる、最下層の管理職の数が日本の会社は欧米と比べて多いんです。
この人たちは、過酷な労働条件に耐え、現場でのトラブルに身体を張って、時には2日も3日も徹夜で取り組んで生産を支えています。それだけ企業に献身しても手当は極く僅かです。
僕が働いた現場では、グループ長への昇進を拒否したフランス人も何人かいました。
もうひとつの特徴は、標準化だと思います。
流れ作業による大量生産に欠かせないのは、ライン間の同期化と部品の標準化。どの部品をとっても同じ規格、同じものでなければなりません。
部品のスタンダーデイゼイションは、今日ではISOだとか世界規模で、この規格をクリヤーしなければ取引が出来ないところまで来ています。
これが現代社会の画一化を生んでるのであり、画一化を避けるにはニートな職人的生産、一個一個違う手作りのオーダーメイドを求めねばなりません。
ところが日本的生産方式は、製品だけでなく、人間と人間の作業にまでも標準化を求めます。
「金太郎アメ」。どこを切っても同じ顔が出てくる。A社の社員はどいつもこいつも同じに見える。結果がこうなってしまうほどですね。
現場での作業に、足型まで描いて目立つペンキで彩色する。この足型の上に、こういう順番で足が乗るよう作業しなさいと指導します。
個性を重んじる教育を小学校から受けてきた欧米社会の人たちは、まずこのやり方を見ただけで反抗しますね。作業の仕方は、本人がやり易いやり方で決めるのが一番能率もあがる。作業手順ぐらいは同意するが、足の位置まで決められるなんで自由の侵害じゃないか、と真っ先に感じるようです。
(つづく)