ハリー・メイさんが昨年のちょうどこの時期(6月13日~22日)に、ご主人と娘さんご夫妻と4人で、パリとサンファルジョーへお越しになり、その思い出をブログに投稿くださいました。
メイさんとめのおは小学校と中学の9年間、大体は同じクラスで机を並べ、一緒に育った幼馴染です。同じ先生と同じ級友たち。今年の1月、雪が降る新宿のメイさんのお宅へお邪魔した時は、小学校と中学の遠足や卒業の記念写真をきちんと整理したアルバムを見せてくれました。
整理癖が悪いめのおは、引っ越しなどで大部分無くしてしまっていたので、有難い写真でした。そのうちの何枚かは複製を来仏の折りに持って来て下さったのでした。
昨年、メイさんご家族とジヴェルニーのモネの家に行った日は、お天気があまり良くはなかったのでしたが、今年は更に輪を掛けての異常気象で、6月に入っても寒い日が続き、いったい夏は来るんだろうか?心配でしたが、急激に暑くなり、雨で湿った大地を太陽が照り付けて、積乱雲が発生し、みごと雷にやられてしまいました。
雷で、電話もネットもメールも使えなくなる寸前に、スペインからメールが来て、サンジャック・コンポステルに居ります。やっとたどり着きました、と書いてあったので最初びっくりしました。今度は高校の同級生のM さんです。ご主人が、めのおが長年お世話になった日本の企業にエンジニアとして勤務され、二重のご縁があったのです。
なんでまた、コンポステラの巡礼へ? とお話が聞きたくてジベルニーにご一緒すると約束をとりつけました。
人生が半ばを越し、昔出会った人と再会できるのは、嬉しいことです。今年は、高校を卒業して、ちょうど50年になります。Mさんは、記念文集の発行と同期会の準備に委員として活動されておられます。
50年! 半世紀が経ってしまったのですね。高校時代は思春期から青年期へ移行する時期で、悩み多く、今思い返しても辛いことの方が多かったのですが、未来があり夢があった。自分の意志次第で未来が決まってしまう。自分の人生の未来を選択しなければならない、「あれか、これか」の不安。それと、時代の不安とが重なっていた時代だったと思います。
ジベルニーへ行く車の中で、東北大地震で津波に遭った地方へボランテイアに行った話や、巡礼の体験を聞かせてくれました。ピレネーを歩き始めた日に雪になり、近くを歩いていたお年寄りのドイツ人が遭難して亡くなったそうです。去年から1年かけて準備したそうです。動機は、「ペット・ロス」。17年、共に暮らした犬が亡くなり、3年経った後も時に悲哀が襲うので、新たな人生を切り開くために巡礼は効果があるんだそうです。
デイナを亡くして半年たった今も、思い出しては悲しみに暮れるカミサンの話をすると、「ペット・ロス」の悲しみは、家族や大事な人との死に別れとは違った悲哀なんだそうです。カミサンは「異なった種の生命とコミュニケーションができていた喜びを断ち切られた悲しみ」と表現していました。
僕は、動物とは死に別れが悲しいので、植物を愛でた方がいいと若い頃、思った記憶があります。
さて、「花」。モネはやはり色彩への感受性が強く、感性が捉えた色と光をキャンバスに実現する力を持った画家なんだなと思います。これだけ広い庭を、色を主体にデザインし、ガーデニングの専門家に委託したのでした。
モネの絵は近くで見ると筆のタッチがラフに見えますが、遠ざかってみると、立体感があり、空気の感じが伝わってきます。
カンデインスキーなど現代の抽象画家も、モネの積藁の絵の色彩からインスピレーションを得たと書いています。
これだけ沢山の人に人気があるのも、それだけ理由があるのでしょう。
今年は、フランス人のグループが多いのにびっくりしました。小学校の野外授業かな、もう夏休みで緑陰教室やってるのかな? それとお年寄りの団体さんが目立ちました。個人主義で知られたフランス人も変わったなと思います。
印象派の画家の中では、モネは一番長寿だったし、画風も大きく色彩も明るいですよね。クレマンソーという時の実力者の後援を得た運もあるでしょう。昔は、ピサロの冬枯れのパリ郊外の田園風景とか、シスレーの渋い色調が好きでしたが、最近はモネの色彩と光を捉えようとする画風が、すごいと思うようになりました。
青春時代に思ったことを、日常生活の野暮用に追われながらも人は、少しずつ実現してゆくんだと思います。あの頃は、未来はずっと先で、時間は無限にあるように感じた。70に近くなった今、あっという間だったな、の感を深くします。
あと10年、20年が精いっぱいだ。青春時代に、やろうと思ってやれなかったことを、自由になった今、どこまでやれるか? 多少不細工でも、やろうと決めたことを実行できれば満足して死ねると思っています。
大きな「フキ rhubarbe 」の葉を池の畔に見つけました。










