壁の下半分は、細い灰色のレンガが張られ、上半分と天井は白い塗料が塗られている。その壁の至る所に、黒や赤や緑で、米帝打倒、学館闘争勝利、スターリン主義打倒、授業料値上げ粉砕といった文字が、ゴチック文字、ケバの生えた文字、かすれて消えかかった文字で書かれている。数字の入った集会用のビラ、古びて黄ばみ文字が判読できなくなったビラ、新しいビラ、古びたビラの上に重ねて貼られた新しいビラ、糊付けされた四隅のビラの跡、そういったビラのコラージュの上に、黒々とした謄写インクがべったりとローラーで塗ってあった。
渉が立っている反対側に、テーブルを挟んで田辺が立っていた。
「きみは政治運動に参加したことがあるかい?」
田辺が実直そうに問い質した。
「高校の時になんどかあるけど……」
渉は言いにくいことを吐き出すように答えた。
「いままで政治行動に参加しながら、いつも不信感を捨てることができなかった。国家機構という眼に見えないものにぶつかることに苛立たしさがつきまとった。たまにぼくはそれをはっきり見たように感じる瞬間がある。でも、それは僕の頭の中の観念であって、現実の権力機構ではない。実際の権力機構を、はっきり眼にしたいという欲求にいつも駆られてるんだ。機動隊は国家の権力機構の典型のひとつだけど、あくまで一部にすぎない。政府、官庁、裁判所、警察、銀行、大企業、マスコミ……。どれも権力の代換物だけど、どれひとつとして国家権力の全体を代表してるわけじゃない。そう考えると、権力というものが捉えどころのないものに見えてしまうんだ」
「それはぼくにもあることだよ」
田辺が頷きながら渉の顔を見返して言った。
「でも、いま、それが、具体的なモノとしてはっきり見えてるだろ。学館という構築物が……。なにも権力の全体とぶつかるなんて不可能をもとめることはない。そのほんの些細な一部だけにでも、眼に見える具体的な構築物の中で反抗の情念を燃やしてみることもいいんじゃないか」
田辺はその知的な顔をいくぶん興奮で赤く染めているように見えた。
(つづく)

