本当の狙いは? | 雷神トールのブログ

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シャルル10世とポリニャックによるフランスのアルジェリア派兵は、国内の不満を外に向けるためと、対外的には、地中海沿岸を荒らしまわる海賊退治、そして北アフリカを支配していたオスマントルコを解体させるのが狙いだった、とこれが教科書なんかに書かれている普通の説明です。

特にフランスでは小学校の教科書にも、アルジェの太守が「ハエ叩き」でフランス領事の顔を撫でるという無礼に及んだと、今も教えられているようです。

フランスの田舎暮らし-ハエ

そもそも、蠅叩き事件そのものが、ナポレオンがアルジェリア産の小麦をイタリア遠征部隊に食べさせるために調達して代金を払わなかった、いわば「借金踏み倒し」から出たものなんですが、その辺は、「ハエ叩き」だけが前面に出て、都合の悪いことは隠されてしまう。

フランスには現在も数百万人のアルジェリア人が生活して、大きな社会問題の原因になっています。それだけに、1830年に始まる侵略を批判する人たちが当然いて、今まで隠されていた事実を長年の調査研究の成果として発表することがあり大変興味深いのです。

その一つとして、昨夜 You Tube の15分物2本を見た、というより映像が無いので聴いたのですが非常に面白かった。

それは、1830年のアルジェリア侵攻には隠された目的があった。それは「アルジェに蓄えられた金銀財宝を奪うためだった」というものです。こういう暴露ものは得てして単純化されて銀行強盗とおなじ強奪の為、金を盗むためとえらく即物的に単純化されてしまうものですが、これも例外ではなく、アルジェのカスバに蓄えられた時価にして15億€、いや40億€にも上る、金銀ダイヤモンド、宝石、貴金属を盗み出した。フランスに持ち帰る途中で、3分の2が軍人、商人によって着服され消えてしまったというものです。


フランスの田舎暮らし-カスバ
           アルジェのカスバは今やユネスコの世界遺産↑

カスバの財宝は、地中海を荒らしまくった海賊がヨーロッパの(つまりキリスト教徒の)船から奪い取ったものだ。だからそれを取り戻すだけだという理屈で略奪したのでしょう。

これを発表したのはピエール・ペアンというジャーナリストですが、彼は、そもそも、1830年代にこの問題を追及しその後30年間執拗に調査を続けたブランダンという人の研究調査のお陰だと言っています。そしてナポレオンの借金も減額して貰ったもののちゃんと返済しようとした。それがアルジェの大守に渡らなかったのは、領事が着服したのだとも言っています。

この時代、選挙は今のような普通選挙ではなく、納税者だけ、それも一家の戸主ひとりだけに選挙権があった。そして特に保守の権力がやったことは買収、お金をばらまいて票を買い集めることですね。シャルル10世とポリニャックは国内の不平不満を抑えるために莫大な額のお金が必要だった。カスバに金銀財宝が眠っていることは知られていたので、それを奪い選挙資金に充てようとしたというわけです。

フランスの田舎暮らし-ドラクロワ
                ドラクロワの「アルジェの女」↑

金62トン、銀200トン、ダイヤモンドはじめ宝石類。総額40億€(約4000億円)を箱に詰め馬に乗せて運んだ。1954年に、フランスのある大学の教授がやはり研究この強奪で利益を得たものは誰だったか? を発表。

一番はフランス政府、派兵を決めたシャルル10世は革命で失脚しロンドンに亡命しますが、その亡命費用に使われた。次に軍人、特に陸戦の総司令官だったブルモン元帥、さらにシャルル10世の後「国民王」として君主の座に就いたルイ・フィリップが大部分の財宝を自分のものにした。

「所有とは窃盗である」と、この40年後のパリ・コンミューンの時代に、コミューンに参加した写実主義の画家クールベは肖像画を描きますが、その肖像画の人物、アナーキズムの理論家プルードンが、この有名な言葉を吐きます。

正に戦争とは国が堂々と行う略奪行為だと言えますね。ただ、現代では勿論ハーグ陸戦条約で、戦争で占領した街の財産を奪う事は禁止されていますので、くれぐれも可笑しな気を起こされませんように時代が変わってしまいましたから


さらに興味深いのは、この作戦に商船357隻を出して協力した商社のセリエール。この会社はこの時に得た財産を製鉄業に投資し、それが後のフランス重工業の重鎮クルゾー Creusot Loire へ発展した。ピエール・ペアンによれば、フランスの製鉄業はアルジェリアから奪った財産で誕生したとなります。クルゾ・ロワールは日本で言えば、三菱重工、日立造船、東芝に当たるような企業で、原発も造っています。

戦争というのは、いかに建前上立派な思想を掲げても、裏には金、他国が持ってる土地財産を奪う、強奪する狙いが隠されている。帝国主義による侵略の悪い見本のようなのが1830年のフランスによるアルジェリア侵攻と言えるのではないでしょうか。その後、フランスは130年間アルジェリアを植民地、いやフランスの県のひとつとして支配し続けます。



  (つづく)

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