明治の上昇志向と草の根民主主義 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

幕末から明治維新直後に西洋を訪れ、帰国後、日本で「自由」と「民権」を広める運動を した二人の啓蒙思想家、福沢諭吉と中江兆民。

福沢は蘭学から英語に転じ、咸臨丸で勝海舟とともにアメリカに渡り、その後も岩倉使節団の通訳としてヨーロッパを訪れた。

中江兆民は、大久保利通に直訴してフランス留学が叶い、パリとリヨンに滞在した。兆民がフランスへ渡った1871年ナポレオンIII世が、オスマン男爵に命じてパリの大改造に取り組んでいた時代で、兆民が持ち帰った写真には建設中のパリのオペラ座(もちろんガルニエのオペラ座)がある。

普仏戦争でナポレオンIII世はプロシアの捕虜となってしまい、愛国心に燃えたパリ市民が武装蜂起(パリ・コミューン)。モンマルトルの丘最後の闘士たちが銃殺され反乱は鎮圧された。また徳川幕府を支援していたフランスがロッシェを通じて軍資金の約束をしたことを信じて、小栗上野介がパリに使者を送ったがプロシアに敗れたフランスは徳川支援どころではなかったという逸話がある。

このときの多数の共和派フランス人がパリからリヨンに逃げ、兆民リヨンで接したのは、エミール・アコラスやジャン・バテイスト・パレなどの共和主議者だった。帰国後、兆民はアコラスの「政理新論」の校閲をしている。

また、兆民は共和主義思想の淵源を辿るうち、ジャンジャック・ルソーを発見し、ルソーの「学問芸術論」を兆民は「非開化論」として訳している。

西洋の思想・文化、政治制度、それらを支える産業技術を日本も取り入れねばならないという点において福沢も中江も同じ考えだったが、その取り入れ方、どこに重点を置くかに二人には違いがあった

福沢は、西洋の文明を支えている産業社会、進行中の産業革命とそれを支える合理主義、より重点を置いたように思う。

一方の中江は、より文化(倫理道徳)に重点を置いた。西洋社会は東洋に比べ物質的に優位に立つが、倫理道徳の面から見れば、ヨーロッパやアメリカが他より優れているわけではない。「文明に優劣は無い」と「西洋にはむしろ野蛮な面がある」と見いた。この点、
中江兆民の民俗学的先見性というものをもっと評価してよいと思う。

兆民は江戸時代から儒教教育によって日本人の骨の髄まで沁み込んでた儒教道徳をベースに、「自由」と「民権」を
根付かせようとした。儒教をベースにして独自の民主主義を生みだせば日本は「宇宙一の善国」となるだろうと夢見た。

これにたいして福沢は、欧米の国が強いのは近代的合理主義とアングロサクソンのプラグマチズム(福沢は文学なんかより実学をせよと説いた)に基づいて産業社会を組織していること、さらに社会の構成員たる個々人が自覚に基づいて
政治経済活動を行うことが大事だと認識した。だから「
一身独立して一国独立す」と個人の自覚と勉学が大切なことを説き「学問のすすめ」を書いた。

「近くは我日本国にても、今日の有様にては西洋諸国の富強に及ばざる所あれども、一国のに於ては厘毛の軽重あることなし。道理にりて曲を蒙るの日に至りては、世界中を敵にするも恐るるに足らず。(略)日本国中の人民一人も残らず命を棄てて国の威光を落とさずとはこの場合なり。加之(しかのみならず)貧富強弱の有様は天然の約束に非ず、人の勉と不との由て移り変わる可きものにて、今日の愚人も明日は智者と為る可く、昔年(せきねん)の富強も今世の貧弱と為る可し。古今其例少なからず。我日本国人も今より学問に志し気力を慥(たしか)にして先ず一身の独立を謀り、随て一国の富強を致すことあらば、何ぞ西洋人の力を恐るるに足らん。道理あるものはこれに交わり、道理なきものはこれを打払はんのみ。一身独立して一国独立するとは此なり。」(福沢諭吉「学問のすすめ 三編」 国は同等なる事、筑摩現代日本文学大系)

福沢も中江と同じように、西洋諸国と比べれば今の日本は、国の富と強さにおいて及ばないところがあるが、ひとつの国が本来持っている権義(権は、能力とか資格、義は正しさ、権利
と解釈する)から見ればまったく違いはないと主張した。

道理に背いた不正を蒙るようなことがあれば、一人残らず命を棄てて国の威光を守れと、なにか後に「一億総○○」とかいうのと似た
気迫ある言葉を書いている。

貧富強弱の差は初めからそうと決められた決定論的なものではなく、勉強をするかしないか、の違いによって変わるもので、今は馬鹿でも努力次第で明日は智者になれるんだし、昔は強くて金持ちでければ貧弱になってしまう。われわれ日本人も今から学問を志して気力をしっかり持ち、まず自分の身を立てる(独立する)ことを実行し、みんながそうなれば、どうして西洋人の力を恐れることがあろうか。

うむうむ。浅のめのおには耳が痛い福翁のお言葉であります。確かに福沢先生のおっしゃるとおりなんですが、なにが道理で、なにが道理じゃないのか? そこをどうやって見極めるのかが今われわれが生きている現代日本でもっとも大事で難しい問題なんですよ。

先生が幼少の頃、「お稲荷さん」の正体は石ころと暴かれた伝記映画を小学校で観て以来、めのおは、ずっと先生を尊敬しておりましたし、高校へ入りたてで、この「学問のすすめ」を社会科授業の副読本として読みました。

ただ、有名な書き出しの天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という言葉をめのおは福沢先生ご自身のお言葉と誤解していた節があるんです。なぜって、先生は日本の民主主義の草分け的存在として誰も疑いを差し挟まない偉大な人物であり、ずっと一万円札を飾り続けてるんですから。

でも、先生は、こっそり、「と云へり」と付け加えておられますね。「誰かがそんなこと言っとるようだの」とか、極端ですが
意地悪く言外の意味を読みとれば「人は生まれながらにして平等だなんぞととんでもないことを吹聴し回る輩が居る」とさえ読むこともできる? と、最近になって疑うようになったのであります。

めのおはもう一度「学問のすすめ」を、こんどは本文を読み違えのないよう、しっかり読み直してみようと思うのであります。

  (つづく)

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