し、縁の絵具の具合や、裏返して裏書きを確かめていた。青山の鞄に入っている複製を啓
が取りだして見ると、やはり啓が作ったものよりずっと出来が良かった。啓は空になった額
縁にそれを入れ、ドライバーを使って留めた。青山は啓がすることを黙って見ていた。啓は自
分が持ってきた藤田の複製を本物とすり替えたかったが、青山の眼があって隙を見つけら
れなかった。青山は空になった自分の鞄に藤田の本物の絵を素早く滑り込ませた。啓は次
のチャンスを待つことにし、モジリアニのデッサンを壁から外し、傷めぬように額から出し、複
製と入れ替えた。本物は細く巻いて筒に入れ鞄に大事にしまった。
仕事をやり終え啓たちは一刻も早くロロザ邸を退去したかったので、玄関へ進んだ。
「ロロザさん。これで失礼しますよ」
啓は、大声を二階へ投げた。ロロザはどすどすと階段を鳴らして降りてきた。
「絵は偽物と鑑定結果が出ましたから、買いませんよ」
「なにをバカなことを。絵は戻したのか?」
ロロザは絵が掛けてある壁を見やり絵が戻っていることを確かめ、青山を見て言った。「ア
オヤマさんには、ほかにも見せたい絵がありますよ」
ロロザは青山の袖口を掴んで格納庫へ引っ張って行った。
「ここからは、荷物は持って入れないんだ」
ロロザが言い、青山は入り口の脇の小机に鞄を置いた。二人が入室するのを待ち、啓は
青山の鞄を開け、おもむろに藤田の本物を取り出し、啓が作った偽物と入れ替えた。
青山が他の絵を買う意志など無いことは初めから分っていた。ロロザが昂奮と失望が混
ざったような顔をして格納庫から出てきた。
青山は慌てたようすを隠さず、鞄を取って玄関へ向かおうとした。
「あんたは、あの絵が偽物だっていうのかね?」
ロロザは青山に英語で聞いた。
「そうです。偽物です」
「そんなこと、あるもんか」
ロロザが壁に歩み寄って行った。啓は青山に合図を送り、その場を逃げ出した。玄関のド
アを開けるとすぐにロロザの巨体が迫ってきた。
「おれはちゃんと本物の裏にマークをいれといたんだ。ニセモノとすり替えたな」
ふたりは叫び声を背後に一目散に森の中へ駆けだした。すでに闇が降りていた。ロロザ
は玄関を出て少し追ってきたが、思い返したように家の中へ姿を消した。警察へ電話するの
だろう。一分もすると息子のフィリペが玄関の灯りの下に現れるのが見えた。
植え込みの角を曲がってすぐ、啓は立ち止り、青山を先に行かせてから、植え込みの中の
ルルーに声を掛け、ルルーとカバンを交換した。ルルーはすぐに植え込みの暗闇に姿を消し
た。
薄闇の並木道を駆け抜け、街燈の明るいヌイイの目抜き通りへ出たところでフィリペに追いつかれた。
「ダメじゃないですか! ニセモノとすり替えるなんて!」
フィリペは息をはずませながら大声でふたりに詰めよった。
「オヤジがかんかんに怒ってます。すぐ警察が来ますから、荷物を改めさせていただけます
か? ウチへ戻りましょう」
(つづく)