連載小説 「異土に焦がれて」 69 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

「ロロザは、あんたを連れて日本へ出張した時、若い女も連れて行ったんだって?」

 ダニエルが茶吞み話に格好の話題を見つけて言った。ダニエルはモーゼみたいに威厳を

繕って教訓を垂れるのが好きだ。

「ロロザは、金にあかせて女漁りをして、奥さんに内緒で若い女を連れってった。遊びながら

神聖な絵を売った。女と遊ぶ経費を、あんたの経費につけたんだろ。だまってちゃいけない

よ。一泡吹かせておやりよ。ロロザがアルゼンチン出身でフランス人の奥さんを貰ってフラン

スで商売するのに、奥さんに出資してもらったとか、家が奥さんのものだとか、必ず、奥さん

のお陰をこうむってる筈なんだ。奥さんに、あんたが日本で見た、その若いドイツ女との情事

の証拠を見せて、グウの音も出ないように懲らしめてやるといいよ」 ロロザはダニエルを侮

蔑したので、ダニエルの仇を打ち、一泡吹かせてやる理由が出来た。

「ロロザが見せたレンブラントとモジリアニのデッサンは、アリアニザシオンでユダヤ人から

没収した疑いもあるね。タヴェルは首謀者だったし、孫のタヴェルとロロザは友だちなんだか

ら」

 ダニエルはロロザが見せた絵の所有権をやはり疑っている。

「ロロザとタヴェルの本心は反ユダヤよ。特にロロザは絵の評価にフォードとテーラーの考え

を適用するってんだからナチとおんなじよ。フォードが『シオンの賢者の議定書』を出版したっ

てラウルが話したの覚えてるだろ。ロロザとタヴェルがいまだに、ユダヤ人から略奪した絵を

持ってるなんて許せない」

 ダニエルは肩の前で小さな拳を固め振り降ろした。

「アリアニザシオンこそ所有が窃盗だってことを地でいった犯罪だわ。ロロザって画商、一度

しか会ってないけど、差別用語を平気で口にしたり、画家が苦しみながら生んだ絵を買い叩

いて高く売った金で女遊びをしてる。美術の風上にも置けない悪だわ」

 アンナまでがムキになって話していた。

 啓の心にある計画が浮かんだ。啓はその計画を実行するための具体的手順を考え始めて

いた。計画は二枚の絵を贋作とすり替えるというものだ。レンブラントは大作過ぎて作れそう

もない。モジリアニのデッサンと、藤田の小品は作れるだろうか。ロロザにもう一度絵を見せ

てもらい、まずは写真を撮る。日本にお客さんが現われ、写真を送れといってきたと言えば

ロロザは喜んで撮らせてくれる。

「所有ってなんなのか? 人はなぜ所有したがるのか? 考えたよ。欲しい時にすぐ見られ

るよう手元へ置いておく。絵を所有する理由だね。でも、それだけじゃない。人に自慢するた

めの所有もある。ロロザのコレクションはそのたぐいだ」 

 啓はダニエルとアンナを見ながら言った。

「絵を所有するやつは決して、自分独りが持ってるだけじゃ満足しない。世界に一点しかな

い傑作を、梱包して戸棚に仕舞っといて満足できるかな? 出来ないよね。いつかはオレは

こんなに素晴らしい絵を持ってるって人に見せたくなる。人に自慢するのが所有の最大の目

的だと思う」

 啓は、独り下宿で考えたことを二人に語った。

「人に自慢したくて見せた絵が偽物と分かった時、絵の持ち主はどんなに恥をかき、悔しが

るだろうね。ロロザをそんな目に合わせてやりたいんだ。僕をダシに使った罰にね。アリアニ

ザシオンでユダヤ人の財産を剝奪した。その落とし前もつけるんだ」

「ホホホ。気持ちはわかるわよ。けどよっぽどうまくやらないと。ロロザも海千山千の曲者。

甘く見ちゃいけないよ。所有は悪って考えもあるけど、カエサルの物はカエサルにって言葉

があるように、今の世の中、私有財産制だからね。盗みは厳しく罰せられるよ」

 傑作を描くことが出来ない啓は、この贋作すり替え作戦を首尾よくやり遂げることが傑作

になると思っていた。作戦は絶対成功させなければならない。

「捕まれば、窃盗の前科が一生付いて回るよ。フランスはおろか、日本でもまともな仕事に

就けなくなる。その覚悟はあるのかい? やるんなら、ムショに入った後、シャバに出てから

のことを今から用意しとくほうがいいよ。絵を盗んだ前科を大目に見てくれるのは、やっぱり

絵の世界だろうね。それも、人がやりたがらないキツい汚れ仕事か、工事現場の土方くらい

だね。その覚悟があるんなら、おやり」

 ダニエルの忠告は、啓に思い留めさせるとも、けしかけるともとれる言い方だった。



  (つづく)


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