連載小説 「異土に焦がれて」 46 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

 啓は、その晩の、赤いペンダントを提げたアンナの姿が忘れ難く、アトリエで制作の合間を盗ん

でアンナの顔をデッサンし、下宿へ帰ってからイメージを頼りに赤いハート型のペンダントを提げた

アンナの肖像画を描き、水彩で着色した。

 アトリエでデッサンしている時にダニエルが覗きこんで批評をした。

「アジメは線を描くのが巧いわね。日本人の特性かもしれないね。藤田も線画が綺麗だった。藤

田の絵を良く見るといいわよ。アジメが自然にやってるところが藤田にもあるし、アジメにない藤田

の優れたところを見つけて取り入れるといいわね」

「僕のオリジナルを探ってるとこなんです。藤田やモジリアニみたいな個性を」

 啓が答えるとダニエルは頷きながら若い頃はあたしもそうだったよと言ってから奥義を伝授する

みたいな口調で付け加えた。

「個性なんて描いてるうちに自然と出てくるもんだよ。日本人のアジメにはアジメにしか描けない

絵が自然と備わってるのさ。大事なのはそれを自分で見つけ出すことだね。藤田は自分の絵を見

つけてから死ぬまで変わらなかったろ。藤田が死の直前に描いたフレスコ画を見ればよくわかる

わよ。藤田の平和のチャペルまだだったら見に行くといいわ」

 ダニエルが、言い終わるのを待ってアンナが反応した。

「藤田のチャペル、あたしも前から見に行きたいと思ってたんだ。一緒に行かない?」

 啓は絵としてはモジリアニの方が好きだったが、パリで生活するにつけ、日本人画家でフランス

に帰化した藤田嗣治の生涯に関心を持った。ロロザの事務所に藤田の画集があったので家へ

持って帰って読んだ。ダニエルは行ったことがあるので啓はアンナと二人で、次の日曜にランスへ

行く打ち合わせをした。

 啓とアンナは十一月半ばの日曜日、電車をランス駅で降り、歩いてまず大聖堂を観に行った。ラ

ンスの街は、フランスの名の起源となるフランク族が北から侵入し、クロヴィスがキリスト教の洗礼

を受けてから歴代のフランス王が戴冠式を挙げた由緒あるカテドラルを持つ。クロヴィスは初代メ

ロヴィング朝の王となり王朝は三百年続いた。ゴシック様式のカテドラルのファサードの彫刻のう

ち、微笑する天使はとりわけ人気がある。ジャンヌダルクがシノンに逃げていたシャルル七世を連

れて来て戴冠式を挙げさせたのもこの大聖堂だった。藤田嗣治もここで洗礼を受けた。

 大聖堂を訪ねた後、また駅の方向に戻り、旧市街から少し外れたシャンパンの工場と倉庫が並

ぶ地区へ向かった。


  (つづく)

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