る……」
アンナと啓がロロザとのいきさつを報告するとダニエルは眼に暗い光を湛えて怒りを顕わにした。
「あたしがこんなだからって馬鹿にすんじゃないよ。こう見えても、版画の世界じゃちったあ名の知れたダ
ニエルさまなんだ。ロロザだって画商なら、あたしがカンヌ国際美術展で金賞をとったことくらい知ってる
筈じゃないか。知らないってなら、ロロザはモグリってことさ。あたしは、小人症にはちがいないけど、背
が特別低いことを売り物にしようなんて思わない。版画という作品で、背が標準なみの画家と勝負したい
のさ……」
ダニエルは次第に熱を帯びながら続けた。
「ロートレックが低身長だったってことを知ってるだろ? 背は寸足らずでも立派に画業を成し遂げた。ほ
かの画家が描けない世界を描いて傑作をたくさん残した。絵描きとか、手を使う仕事は、身体が小さい方
がいいんだよ。ピカソだって小男だろ。頭と心臓と手の距離が短い方がいいのさ。手がよくいうことをきく
からね」
ダニエルが啓を見上げながら言うので、背の高い男の不器用さを笑ったのかと啓は訝った。啓の胸に
ロロザが見せた傲慢な態度が蘇った。アンナは、ロロザの作品の評価の仕方をダニエルに手身近に話し
た。それを聞くと、ダニエルは目を剥いて怒りを示した。
「きゃあ! タスケテー! 美術品の価値を制作に掛けた時間で計るって? なんと、愚かな! 美の冒
涜もきわまったり! そんなやつらが増えるから美術界はすたれるいっぽうなんだ。絵を描いたことがな
いヤツが、そんなアホなこと口にするのさ。良い作品てのは一瞬のひらめきで生まれるもんだよ。逆に愚
作はどんな時間をかけても愚作を抜け出やしない。芸術の不思議さを、ロロザに教えてやりたいね。そん
なやつがハバを利かせるから、美術界が金儲けに利用されるだけになってゆくんだ。モノを作る喜びと美
の尊さを知ってる人間なら、口が裂けたって、そんなアホなこと言わないよ。工業製品と芸術作品を同じ
価値基準で計るなんて! ああ、世も末だ。アホらしいったらない!」
ダニエルは短い腕に拳を作り胸の前で振り下ろした。
「モノを作るってのは、金に置き換えられない価値なのさ。流行に乗らなくっていい。身の周りの小さな光
景でいい。美しいと感じるモノを人に伝えたい。形に再現したい。夢なら消えないよう紙や布に残したい。
そう思って作るのが芸術作品だよ。展覧会で賞をとったり、オークションで高い値をつけたりが絵の目的
じゃない。そんなのとは反対に、書斎の片隅や、名も知れぬ礼拝堂の壁で日常生活に疲れた人々の心
を癒し、和ませられればじゅうぶん絵の使命を果たしてると言えるんだ」
啓はダニエルの言葉が胸に沁み込んでゆくのを感じた。この人はまともなことを言ってる。こういう考え
を持ってるダニエルなら言う事を聞いてもいいと思った。
「標準だ、規格だって、現代人は、なんでも他人と同じようにする。似たような服着て、同じ物を食べるだ
ろ。あたしは自分の体が人とは違うから、人と同じようになりたいって希求があると同時に、そもそも人と
は違うんだから、人とは違うものを追求すべきだって、二つの正反対の方向に分裂し、絶えず引き裂か
れてるのさ。あたしは十月生まれ。天秤座だからかもしれないけど、いつもふたつの両極のあいだを揺れ
動いてるんだよ」
ダニエルは啓を上目遣いに見上げてから口を結んだ。
(つづく)