ラモーの甥 - その④ | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

さて、この変人のオジさんは有名な音楽家なんだから、ひもじい思いをして、痩せこけた頬の外から歯が数えられ、馬小屋で寝たりして困った甥っこを助けてやらないんだろうか? と哲学者の私は考える。


フランスの田舎暮らし-ラモーの甥モノクロ



私 : 「そのオジさんだが、ときどきは会うのかね?」

彼 : 「ああ。道ですれ違うね」

私 : 「オジさんは あんたに 何かいいことをしてくれないのかね?」

彼 : 「そりゃ まちがいなく だれかには いいことしてるさ。 オジ貴も それなりの哲学者だからね。あの人は 自分のことしか 考えやしないのさ。自分以外の 世間のことは パイプ・オルガンのふいごの釘みたようなもんなのさ。あの人の、娘も女房も、死にたいときに死ねって ようなもんなんだ。二人が死んだとしても あいつには教区の教会の鐘が 12回鳴るか 17回まで鳴り続けるかの違いだけで あとは万事めでたしなのさ。あいつにゅあ 鐘の 鳴る数さえ知れば幸福なんでさあ。天才って お方の中に あっしが 特別 見てるもんだね それが。あいつらには たった ひとつだけ いいとこがある。それ以外は ゼロ なんにもないね。あいつらには シトワヤン ってことの意味がわからんのさ」

彼(ラモーの甥)の長広舌は これからまだまだ続くのだが、一応ここで切って、「シトワヤン」という言葉に注釈が付いているので、そちらを。

今めのおが参照してる本は最近刊行された「ラ・ビブリオテック」社のジャン・ドルムッソン監修による古典叢書(一冊5ユーロと文庫本より安いのでつい手が出た淡いブルーの箱入りのシンプルで紙と印刷の質も良い本)なんだけど、このジャン・ドルムソンはおらが村のシャトーで生まれ、大革命の最初の犠牲者ル・ペルチエの家系で、今は小さな城に移ってアカデミー会員として執筆とテレビ出演に専念してる人。

彼の注釈によると「シトワヤン」という言葉は、17世紀には古代ギリシャの道徳的意味合いを多分に含んでいて、「王様に従属している人間と、それ以外の独立意識を持ち、一国の尊厳を重視した市民」を区別するために
、ジャン・ジャック・ルソーが初めて使った。

ルソーが封建社会に縛られた人間と近代市民社会の意識を持った人の区別を明らかにし 以後百科全書派がしきりにこの言葉を
使って広めた。大革命には「市民諸君! シトワヤン!」と呼びかける習慣ができた。

   つづく

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