前回「宮廷に勤める若い女性たち」などとお上品に書いてしまったが、本当は「高級娼婦」なんだよね。
「クルチザンヌ Courtisane 」は元の意味こそ宮廷にお勤めする女官だとか御側女って意味だけど、ギリシャ・ローマ時代から「教養ある遊び女」って意味があり、そういう時代の方が長いようだ。どうも、宮廷にお勤めの女官が次々通り、歓楽を求めて集まる男たちの視線にじろじろ晒されるのはおかしいとは思った。
哲学者のデイドロおやじも隅に置けないね。いくら美人でも決してひとりに入れあげたりはしない。理性派、良識人ですな。
17世紀、ルイ14世の時代には宮廷だったパレ・ロワイヤルも18世紀にはいると高級娼婦の棲みかに変貌してたってわけ。娼婦が住み、カフェが並ぶ歓楽街になってた。パレロワイヤルの内側の周り廊下は、回廊式のひと桝ごとがちょどいい大きさでブチックに向いてたんだね。アムスの飾り窓よりひと桝が大きいけど。
高級娼婦だから出入りする客も金持ちの貴族とかが多かったろう。王様がいなくなり、解放された大奥の御側女たちが街へ降りて国王や将軍以外とも情交を交わすってことんなったんだろうか?
めのおがパリで仕事してた頃も、一流ホテルには高級コールガールが出入りしたし、サンドニ通りには立ちん棒の娼婦が冬もコートの下は裸で立っていた。エイズが流行してからはめっきり減ってしまったけれど。
フランス語で娼婦のことを標準語では「プロスチチュエ」だけど、俗語で「ピュタン」という。ちょっとした躓きや驚きを表す時に、良家のお上品な教育あるお嬢さんでも「ピュタ~ン!」を連発する。
先日のハリウッド、アカデミー賞で主演男優賞に輝いたジャン・デユジャルダンが 受賞の挨拶で嬉しさのあまりつい「ピュタン」(ちょくしょう)とやっちゃったんだよね。
偽善的ピュリタンのアメリカ人は「ピュタン」の意味を聞いて、神聖なアカデミー賞を汚したと息巻くヤボもいたそうだ。
さて、 「ラモーの甥」。
「自然から与えられた長所をなんの衒いもなく示すばかりでなく、自然から授かった短所をなんの恥じらいもなくさらけだす」
このラモーの甥は良識派の哲学者には脅威の存在なのだ。
今日は汚れた下着に破れたズボン。ボロをまとい、ほとんどはだしでうなだれて歩いてるかと思うと、翌日は、化粧し、靴も履き、髪の毛も手入れし、めかしこんで頭も昂然ともたげて紳士然として歩く。
死を目の前にした病人同然の痩せこけて頬の外から歯が数えられるくらいだったかと思うと、翌月はまるまると肥え太っている。
その日暮らしの彼は、朝起きると真っ先に考えることは、今晩はどこで夕食にありつけるかということで、夕食後は、夜食をどこでご馳走になるかということ。
屋根裏暮らしの彼は、大家のオカミサンが家賃の払いが滞ってるのに業を煮やして鍵を返せと言いにくるのではないかと怖くて夜もおちおち眠れない。
ポケットに6スーもないことがよくあるのだが、そんな時は友人の家に転がり込むか、貴族の御者に頼み込んで厩の藁の上に馬と並んで寝かせてもらう。翌朝、ワラを髪の毛につけたまま、お天気がよければシャンゼリゼをぶらつくといったありさまなのだ。
つづく
