フランスのこのメーカーへ発注した部品はLNGタンカーが接岸して液化ガスを積んだり降ろしたりする際に必要なローデイング・アームと呼ばれる特殊なアームの一部だった。そこしか作っていない。工場でモノがちゃんと作られているか確認に行った時は全く問題なく納期に間に合うよう制作されていた。
問題は、その後の船積書類を作る時に発生した。秘書のマダムがタイプで打つのだが、なかなかやってくれない。1週間過ぎ2週間経ち、まったく作ってくれない。いつも同じ書類を作って通関してる筈だから、慣れてる秘書のマダムはものの30分もあれば作れる書類だ。
催促の電話を入れる。初めのうちはああだこうだと理由を述べ立てていたが、そのうち、やれ風邪をひいたの、熱があって早 退したのと言うようになった。一カ月が過ぎた。電話すると、交換台に居ないと言えとか繋がないよう頼んであるらしいことがわかった。居留守を使ってると 感じたので、パリ郊外のその会社へ不意打ちを掛けた。案の定、秘書のマダムは居た。
2カ月が過ぎてしまった。めのおにとって本社のロンドン子会社から購買担当が心配して電話をくれた。事情を話すと、それは困るから、手が足りないのなら、 ロンドンから秘書の女性を派遣するので書類を作らせてくれと提案しろと指示をくれた。それをメーカーのマダムは撥ねつけた。「これは、あたしの仕事だ」と いうのである。
理屈もへったくれもない。理性を超えたなにものかが彼女を拒否に追い込んでいる。あたしの仕事をやれるのはあたししかいない。お客を困らせて自らの存在感を誇大視して満足する、一種の誇大妄想、サデイズムに近い。
もうこんな会社に二度と発注しないでくれ。金輪際出入り禁止にしてくれ、と、普段おおらかなめのおもさすが頭に来たのでロンドンの社長に提訴していいか訊いた。社長は、そんな小さなことで訴訟だなんだと騒ぐな。お前がうまく頼みこんで書類を作って貰えば済む事だ、と言う。
仕方がない。もう立場を忘れ、体面も捨てて、ひたすらマダムに頼みこんでタイプを打ってもらうしかないと観念し、めのおはチョコレートの箱を買って工場を訪ねた。頼むから書類を作って出荷して下さい。3カ月納期遅れ、やっとのことで、チョコで頼んだ翌週、目出度く船積みが出来たのだった。
(エピソード2 おしまい)
