ドモ又の死 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

高校二年の学園祭に、めのおのクラスは劇を上演した。劇をやろうと決めてから、さて何を上演すると議論した。当時の高校演劇で人気の出し物は「夕鶴」そして「ドモ又の死」だった。

「ドモ又の死」は有島武郎が大正十一年に書いた戯曲。
(マーク・トウエインの小説から暗示を得て書いた)と冒頭に作者の注がある。

短いが面白い戯曲だ。ボヘミアンな若い絵描きが五人、モデル代も払えず、三日も食べずに絵に打ち込んでいる。青春の美への憧れを持っていた純朴な六十年代の高校生にはうってつけだった。モジリアニを主人公にした映画「モンパルナスの灯」を見て感動しためのおは、この劇の上演に進んで協力し、画家のひとりとして出演することになった。役は「ドモ又」だった。

五人の画家の中心には、数カ月来、無報酬でモデルを務めている、全員のマドンナ「とも子」が居る

「死にさえすれば、殊に若死にさへすれば、大抵の奴は天才になるに決まってるんだ」

花田のこの科白はゴッホやモジリアニ、村山槐多など、当時まだあったロマンチズムの名残と天才伝説へのイロニーとも取れ、画商と絵のコレクターの心理を逆用して一芝居打ち、逆境を脱け出そうというボヘミアンの画家たちの企みがこの劇を面白くしている。

フランスの田舎暮らし-村山


花田と青島が一計を案じ、書画屋の九頭竜と「その金力が美の標準を滅茶苦茶にしている大金持ち」の俗物、堂脇を騙して画家の暮らしに必要な金を巻き上げようという寸法。

五人のうち一人を死んだことにする。

「私共の仲間の一人に図抜けて偉い天才が居る。その男が貧に逼り、飢えに疲れて、とうとう昨日死んでしまった」

花田と青山は九頭竜と堂脇に噓を吐く。遺作を集めて個展をしませんかと持ちかける。話に乗った二人がアトリエに来るまでの間、とも子と五人の画家のやりとりが芝居の中心。

五人のうち一人が犠牲になって死ぬ。彼がそれまでに描いた作品は画商が高く買い上げ、将来に渡って残るだろう。

だれが犠牲になるかを決めるのはマドンナの「とも子」。死んだことになる画家は、その弟になり、皆に羨やましがられながら、とも子と結婚する。

とも子は迫られて五人の、それぞれの美質を挙げてゆく。うち四人は、今は貧乏でもやがては大成し幸福になるだろう。結局、とも子は皆の予想に反し、いちばん目立たず、「居るのか居ないのかわからない。醜男でそのうえドモリ」のドモ又を伴侶に選ぶ。

ドモ又は死んだことにされ、無精ひげを剃り、髪を短く切って弟になる。棺桶に入れるのはベートーベンの石膏像に絵具を塗り死顔にしたものとドモ又が着ていた服。とも子が庭で摘んだ花を飾る。

「とととっと…ともちゃん……おおお俺は…ききき君に遭った時から……ききき、君が好きだった」

どもりながらのドモ又のこのセリフを今も覚えている。照明が当てられ、300人近い観客がシンと静まり返って息を殺して聴いてるのがわかる。観客の中には可笑しくて笑いをこらえてるのが何人も居るだろうと感じながら、自分でも可笑しくてこみあげる
笑いを必死にこらえ、その分真剣さが増したのかクスリとも笑い声は漏れなかった。

「とも子」の役をやったSさんとは、その後30年以上経ってからパリで再会した。彼女は医学部を出て女医になりスペインに長く滞在しての帰りだった。フランス人の彼氏と連れ立ち、彼の方は戦乱が勃発したアフリカへ行き、銃弾の飛び交う空港から命からがら逃げて来たと話してくれた。

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