「知ってるかよ?ケン坊。ぼくらの高校は戦時中、陸軍幼年学校って、有名な甘粕大尉や東条英機を出した学校なんだぞ。むろんいまは関係なくなったけどな」
賢二はしばらくのあいだ、黙って俯いていたが、やがて顔をあげるとか細い声で言った。
「ぼくらの高校からまた、その甘粕とか東条とかが出てほしくないな」
「いるだろ。それと似たようなヤツラが」
「いるんだ。ぼくらのクラスに。あいつら、成績がいいからって、傍若無人にふるまい
やがる……」
俊一は賢二の日記を盗み読みして知ったのだが、同級の体格も逞しく大人びた物の言い方をする一群の男生徒たちが、休み時間にあたりかまわず猥談をしたり女生徒をからかったりするのに賢二は異常な嫌悪を抱いているらしいのだ。体質的なものかなと俊一は思った。台所からキャベツと挽肉を煮る匂いが漂ってきた。今夜の献立はじゃがいもとキャベツの蒸し煮だ。
俯いたままケン坊が、また小さな声で言った。
「ぼく、核兵器がこわいんだ」
賢二は非武装中立という明瞭な言葉を持ったし、核への恐怖がデモ参加の動機だったとしても、それなりに政治意識にはちがいないと俊一は思った。
「伊藤さんも言ってたけど、おとなりの中国とソ連を仮想敵国にするってことは核攻撃の危険を負うことになるだろ。非核三原則で、核は持ち込まないってアメリカと日本の政府は公言してるけど、それは表向きで、ほんとうはアメリカの太平洋艦隊が横須賀や佐世保なんかに寄港する時に持ち込んでるんじゃないか。実際問題として、日本に寄港する時だけ核をとりはずすってことは考えられないものね」
「核の脅威」に前から過敏なほど恐怖心を抱いていた賢二は、伊藤がほのめかした核攻撃の危険を文字通りに受け取り、核反対のために何かしなければならないと感じているらしかった。
俊一だって、アメリカの言うなりになってる親達の世代を不甲斐なく思い、日本の国と社会が持つ矛盾に歯軋りがでるほどの悔しさを感じていた。アメリカに原爆を落とされ東京を空襲で焼かれて、日本は無条件降伏をしたのだから、敗戦国として暫くは勝ったアメリカの言うことをきかねばならないだろうけれども、いつまで植民地や属国扱いに甘んじるのだろうと思っていた。
「ふうん。おれもアメリカ一辺倒のいまの日本の政治には反対だからデモに行くけど
ね。ケン坊もいくとなると兄弟ふたりしてオヤジに反抗することになるな」
「オヤジはオヤジ。ムスコはムスコだもん。いいじゃないか」
「そうか。オヤジがなげくだろうな。とくにケン坊にはオヤジの今の仕事をついでもら
おうと期待してるからな」
「アメリカ・マニアのオヤジのあとなんか継ぐもんか」
「ふうん。そこまで腹くくってんならしょうがない。ぼくは、小池君といっしょに行動
するけど、ケン坊は?」
「ぼくのクラスの丹羽君がいかないかって声をかけてきたから、彼といっしょに行
く」
「それ、それ。その丹羽ってのがあぶない。伊藤の仲間じゃないかって思うけどね」
「つうと、ミンセイ?」
「だとおもうよ。ユイブツロンジャだぞ」
「唯物史観て空想的じゃなくて科学的なんだろ」
「物質とはなにかって現代科学でもまだわかってないのに、科学的にすべてはモノだ
ってのは、どっかおかしいとオレは思うよ」
「共産党は平和と民主主義を綱領に掲げてるし、こんどのデモも非武装中立をスローガンにかかげてる」
「そりゃ大衆の支持を得るために戦術として掲げてはいるさ」
「みんなが平等で世界から戦争がなくなる。理想としては正しいじゃないか」
「世の中、理想どおりにありえないのは、幾何学の公理といっしょだろ。理想は現実にはありえないから理想なんだ」
「理想にむかって努力することが人間の生きる意味なんじゃないのか」
(つづく)
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