茜空の欅 2 - 2  賢二の思案 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

 手記を読んでいるところへ賢二が帰ってきた。鞄を置き机に落ち着くと、一日中考え続けまだ思案中みたいな顔を俊一にむけて言った。

 「やっぱりデモにゆこうと思うんだ。……ぼく、日本は非武装中立をつらぬくべきだと思うし、それに核戦争がこわいから」

 「べつに、おまえムリしなくっていいんだぞ」

 「いや、いきたいんだ。大石主税だって義のために討ち入りに加わって十五かそこらで死んだじゃないか。ぼくも義のためにいくんだ」

 「へえ。義とはね。こわいもの見たさか、少年期をぬけだしかけて背伸びしてんだと思った」俊一は、ちょっとからかってやりたくなって言った。

 「そうじゃないんだ。ぼく、オヤジの仕事が批判されてることがショックだったんだ。中学まではオヤジの仕事は社会から尊敬されてると思ってた。それが誇りだったからぼくも、オヤジの仕事のあとをついで尊敬されるようになりたいと思ってた。でも、オヤジがやってる仕事で被害をうけてるひとがいる。オヤジの仕事が、そのために批判されてるって知ったとき、すごいショックだったんだ」

 「あることを良いといえば、世の中には、かならず悪いというひとがいるもんだよ。批判も予想して、なぜ正しいかってしっかり考えて行動しなきゃだめなんだ。オヤジの仕事を批判してんのは執行部にある新聞の記事だろ」

 賢二は頷いた。俊一は、弟には酷かもしれないが、小池君はじめ新聞部が経験した苦い思いを賢二も知っておくべきと思い、敢えて忠告した。

 「いまの生徒会執行部はミンセイが牛耳ってるからな。伊藤君もそうだぞ」

 「しってるよ」
 
 「かれらは唯物論者だからな」

 「ユイブツロン?すべてはホトケさまの……」

 「トボケんじゃない。ホトケじゃない。モノ。物質だよ」

 「小学生のとき、ぼくはなんでもみんなといっしょって気持ちだった。あそびも勉強も。それが中学を卒業してバラバラになった。高校へ行けないヤツもいた。高校の入学式のこといまでも覚えてる。春風が校庭の砂を巻きあげて、体育館に敷いたゴザがざらざらしてサ。めったにないことだけどオヤジがついてきたんだ。その入学式の日、なぜかしらないけれど、ぼくはすごくむなしい気持ちだった。ココロのなかがウツロになった気がした。これから毎日が受験勉強なんだ。競争に勝ちぬかなきゃならないんだ。そう考えると、なにか、とてもムナシイ感じがしたのをいまでもよく覚えている。それは、子供のときの仲間とわかれることの寂しさだったともいえるだろうけど、競争ってことにムナシサを感じたっていったほうが正しいような気がする。ぼくは小学生んときみたいに、みんなで喜びも悲しみもわけあって、いっしょにあそんでた時代のほうがいい」

 「すると、なにか、ケン坊は、ひょっとして、ミンセイ、共産党に入ろうなんて考えてんのか?」

 「すべてのひとが平等な社会を築こうって理念には共感をおぼえるよ」

 「まあ、まてよ」俊一は考えをまとめるのに少しのあいだ沈黙した。

 「その理念てのは、幾何の公理みたいに抽象的なもんだぞ。それと、子供んときの仲間だけどな。その、みんなといっしょにって気持ち。だれでもが持ってて、ごく自然な感情だよな。でもさ、中学まで、ケン坊はいつも一番で、優等生だったから、みんなと仲良しでって感情をもってられたんじゃないかな。それは優越感からくる偽の友情だったかもしれないぞ。成績が悪いやつの中にはスネたりグレたりしたのがいたじゃないか」

 ケン坊は思いあたることがあるらしく、こっくりと頷いた。

 「そいつらはケン坊に友情なんかもってなかったと思うよ。高校へ入って、日本全国からケン坊とおなじくらいか、もっと優秀なヤツがあつまってきてさ、ケン坊は一番でいられなくなった。幾何の公理に疑問をもったりして、ちょっとつまずいて、相手にされないと、勉強しなくなった。勉強しない生徒は、ほっておかれて、落第生になってゆく。劣等感にさいなまれる。そうだろう。ケン坊はいま落第生になりかけてるんだろ。だから小学校の競争の無い時代がよかったなんて郷愁にとらわれてんじゃないの?」

 「受験体制ってものが、なんなのか考えなかった。中学までは、気づかずに、自分からその体制に乗っかってたんだ。いまの社会を作り上げているその体制ってものを疑ってもみずに、ちょっと勉強して一番だって喜んでた。その無邪気さかげん、そのすなおすぎた自分てものに、たまらなく自己嫌悪を感じるんだ。ぼくは一部のおとなが作り上げた今の社会体制、システムの最も優秀なロボットにじぶんから進んでなっていった。そのことに気づかなかったってことにすごい自己嫌悪を覚えるよ。ぼくのまわりの、そういう体制を疑うこともせず、うまく乗っかって自己満足してるヤツラをみると、ハキケをおぼえるよ」

 「そりゃまあ、自己嫌悪は成長の一段階で自己批判の能力がつくんだからいいと思うけどさ。さっきのホトケじゃない、モノだけど。やつらは唯物論者だからな。人間も生命もすべては物質だって考えだぞ。この世はすべて物質だって考えに同意できるか?ケン坊は。霊魂を信じたり、前世とか来世とかは迷信だって言われるぞ」

 俊一は弟がときどきお経をあげてるので少し困らせてやろうと思った。

 「唯心論は支配階級の思想で、唯物論は被支配階級の思想だ。宗教は支配者が民衆をたぶらかして支配するために作り上げた道具で、アヘンだってマルクスは言ってるぞ」

 「そんなむつかしいこと、ぼくわかんないけど、魂があるってことは感じるよ。魂もモノだってのかな?」

 「そうだよ。生命も精神もモノのはたらきにすぎないっていうのさ」

 「神は死んだっていったのはニーチェって哲学者?」

 「ヒトはすべて死すべき運命にあるってのが実存主義の出発点だ。オレもケン坊もいつかはかならず死ぬ。ケン坊は自分が死ぬってことまじめに考えたことあるか?」

 「お玉ばあさんが死んだとき。それから姫路のおばあちゃんが死んだとき、ぼんやり考えた。死ぬってどういうことかなって。あれから、ときどきぼくもいつかは死ぬんだな。生きてるってなんなのだろうって考えることがある」

 賢二はうなだれていたが急に告白口調になって俊一の顔をみつめて言った。

 「中学まで、エンジニアか科学者になろうとぼくはおもってたけどさ……。せっかくこの世に生まれたんだから、なんか世の役に立つことをやって死にたいと思ったんだ。科学者になって新しい法則を発見するとか、技術者になって発明するとかサ。でも、だんだん科学技術の害のほうがおおきくなって人類の生存までおびやかすようになってきてるだろ。いままでのそんな考えが子供の無邪気な夢にすぎないってわかったんだ。原爆、水爆を作ったのも原子物理学さ。科学の進歩が、人類を破滅に追いやる。広島、長崎に地獄をもたらした核爆弾を作ったのも科学の進歩だって思うと、手放しで科学・カガクって喜んでらんない。ぼくは科学者にはなるべきじゃないって考えたんだ」

 

 (つづく)


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