薄い闇は視界から徐々に色彩を奪い、マーケットに買い物に行く歩道の上の人々を無彩色のシルエットに変えていった。
黄昏の街路から目をあげると、まだ薄明かりの残った夕空に黒くまばらな木の枝が伸びていた。俊一はそれを眺めながら、見たばかりのミケランジェロ・アントニオーニの映画の一場面を思い出していた。それはなんの変哲もない街角の風景で、街路樹と人影のない家並みをカメラが静かに移動しながらゆっくりと捉えてゆくのだが、その映像が街というものがもつ寂寥を切ないまでに感じさせてくれるのだった。
交差点を駅前の商店街へ曲がると人々の影がさらに増し、店から溢れた光が歩道を行き交う人々を色とりどりに照らし出していた。自転車屋、洋服屋、駄菓子屋、乾物屋。毎日通い慣れた通学路を俊一と賢二はほとんど黙って歩いた。
ルーテル教会を過ぎるとまた小さなマーケットがあり、惣菜屋や肉屋の前にひとだかりができていた。八百屋の店先に一山幾らで積まれた柿とみかんのオレンジ色が、まばゆく俊一の眼をうった。風呂屋の脇の魚屋には威勢の良い掛け声が飛び交っている。魚屋の隣は秋山という大きな酒屋で、店にはまだ灯りが点き、奥に樽から注いでもらったコップ酒を飲む客がふたりほど居るのが見えた。この店の周りの空気には湿った樽酒の甘い黴の匂いが染みこんでいる。ここへは子供の頃、お玉婆さんの使いで、賢二と交代で、ビンを提げて焼酎を買いにきた。いい思い出ではないので店の前を足早に通り過ぎる。
角を曲がって路地に入ると、どっしりとした土塀と酒蔵があって道は薄暗い。
俊一はバックスキンにスポンジ底の靴だったが賢二は黒の革靴で路地に入ってからその靴音が響くようになった。
西洋美術史の教授の家は本格的な洋館で、昼間ここを通るとき俊一は必ず二階の蔦がからんだ白い壁とその上の青い洋瓦で葺かれた屋根に目をやった。いまは夕闇の中に二階の窓の黄色い灯が見えるだけだ。賢二の立てる靴音が大谷石の塀に跳ね返ってカツカツと響いている。
(つづく)
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