茜空の欅
第一章 その1
冬空に枯枝を広げる欅が俊一は好きだった。
裸の欅は枝を闊達に広げ仏像の光背のような樹形を作る。縁辺の小枝が絡み合って繊細なレース模様を描く。光背の形をしたレース模様が夕焼けの茜色の空に浮かびあがる時、典雅な造形品を見るように、俊一は息をのんでその形象を見つめたものだった。
その日も遠くの欅に午後の陽があたり、「ああ、ケヤキのやつ、あったかそうに、ひなたぼっこしてやがる・・・・・・」と俊一はつぶやきながら、デッサンを入れたカルトンを脇に抱え、丘の道を登ってきた。
芸大を志望していた俊一は静物の鉛筆デッサンを毎日欠かさずやっていたし、その丘のある公園の外れの浅井先生のアトリエに毎週一回通っていたのだった。
丘の中腹まで登った俊一は、斜面の枯れ草が陽にぬくむのを愛でるように観ていたが、視野の隅になにげなく現れた黒い塊に気を奪われていった。
黒い塊は、学生服の少年が陽だまりに座り込んで本でも読んでいるのか、まるく背をかがめた後ろ姿だった。見覚えがある背中だなと思ったつぎの瞬間、少年は弟の賢二だと気づいた。俊一は足早に近づいて、弟の背中に声を掛けた。
「ケン坊。おまえ、どうしてこんなとこにいるんだ?」
振り返った賢二は、いたずらを見つけられた少年のように、怯んだ表情をしておかしかったが、俊一とわかるとすぐに笑顔になった。
ニキビの赤い斑点が浮いた弟の顔には少年時代の純潔さが薄れ、どことなく薄汚い小憎らしさが漂っていた。愛嬌ある丸みがかった顔が面長になり、こけた頬がめだった。
「ここが好きだから」
賢二は、とぼけたように、ただ、そう答えた。
都心に近いながら、公園には、まだ欅をはじめ雑木林の名残や枯れ草の丘が残っていて自然を感じさせてくれた。
それに丘の頂上には、まるで模型みたいにちっぽけな赤い屋根のチャペルがあって、どことなく西洋の雰囲気が漂っていた。
俊一は賢二に並んで腰を降ろした。陽だまりはぽかぽかと気持ちが良かった。
賢二には、まだ学校がある時間なのにどうしてここにいるのか、と訊いたのだが、賢二がとぼけた答えかたをしたので、ちょっと腰を落ち着けて話してみようかという気になったのだ。
「こんなとこに黒い制服でいると目立つぞ」
「兄さんはいいな。セーター姿で。浅井先生んちの帰り?」
芸大受験を数ヵ月後に控えた俊一は他の受験生と違い、週に一日は授業を休んで画塾に行って良いという暗黙の了解を担任から貰っていた。
「僕のクラスの小池君。ジェームス・デイーンな。学校にもずっとセーターで来てた」
「じゃあ、ぼくもそうしようかな」
「ケン坊は、いっちゃわるいが、ジェームス・デイーンってわけにいかないな。
ところで、オマエ、授業?・・・・・・サボッたろう」
俊一は警官の訊問にならないよう気を遣いながら、急所を突いた。
「あんな受験屋の授業なんか受けないほうがマシだ」
賢二は人の批判をするときのいつもの癖で仏頂面に口をとがらせて言ったが、その眼の下に一瞬悲しみの影が射したのを俊一は見逃さなかった。
(つづく)
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