「中国の偉大さの前に日本人は大きなカオでけヘンね。日本はズルイことして金持ちになったって多くの人が感じてるのは、その辺に根がありマスと思いマスわ。日本人は豊かになっても、自分のことしか考えず、困った人を助けヨウとヨーセン」
和秋はシャノワール先生の嘲弄の混じった言葉を、国と個人とを一緒にしてもらっては困ると思いながら聴いてはフランス語に訳していたが、ジャンヌ・マリーは耳を赤く染め、俯けた顔の唇を青ざめさせていた。彼女が恥と悲しみに耐えている姿を見て和秋はいつか彼女の名誉を回復するような事をして、彼女がもっと誇らしく晴れ晴れした気持ちで僕と居られるようにしなければと思った。
和秋の祖父や曾祖父の世代に日本が行った戦争がいまだに尾を引いている。僕には関係ないと和秋は叫びたかったが、日本人が一人前の人間でなく子供や障害者のように誰かに保護されなければ歩けない立場にいる居心地の悪さを激しく感じた。先祖たちのやった行いの責任が後の世代の俺たちに直接降りかかってくる。
外国に居れば特にそうなのだ。自分がそのひとりである日本民族が外国人からどのように見られているか。祖父たちの世代が無謀な戦争に突入し、国民はこぞって総力戦に協力した。ごく稀に戦争に反対し監獄に繋がれたり、徴兵忌避をした人がいたが大方の日本人はこぞって戦争に協力した。それは間違いない事実なのだ。人々にそういう理由があったのか、和秋はあの時代の歴史を知りたいと思った。
「日本は欧米列強と植民地の間に立ってムリをしたのね。日本の繁栄を妬んだり、悪く言う人がいるのは残念だわ。競争に負けて悔しいものだから、追い抜いた日本を後ろから引っ張るのね。自分の欠点を棚に上げて人の悪口を言う西洋人が恥ずかしいわ」
ジャンヌ・マリーは垂れていた頭をゆっくりと挙げ、少し蒼ざめた顔で話しはじめた。彼女の声は低く擦れていて聴き取りにくかった。
「フランス人としてあたしは他国の犯した悪を攻めることで自国の悪が免罪されるような偽善的態度を取るべきじゃないと思います。一九六〇年代にパリで起きたアルジェリア人の虐殺はいままで隠されてたわ。人道的なフランスのイメージを壊さないために。
デモをしたアルジェリア人たちをフランスの警察は警棒でメッタ打ちにし、あげくにセーヌに投げこんで二百人近くを殺した。関東大震災の時に日本人がアナーキストや朝鮮人を虐殺したように、フランス人は口で人権擁護を唱えながら裏ではデモをしたアルジェリア人を虐殺したのよ。無知は責められるべきだけど、それよりも手がこんだ偽善のほうがもっと責められるべきじゃないかしら」
(つづく)
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