エリックはここの土地っ子だ。ラテイイから約25km離れたところにトウッシーの村がある。百科事典で有名なラルッスの故郷だ。エリックはこの村で生まれた。7歳までトウッシーで育ち、その後県庁のあるオークセールへ出て、医者になった。
彼の描く絵の緑と赤がどこかシャガールを思わせるので、それとなく訊いてみると、やはり御先祖はロシアからの移民なのだそうだ。ピュイゼの一帯は昔から貧しかったので外国からの移民が多いと言った。
エリックが生まれたトウッシーの町は現在でも毎土曜日に大きな朝市が立つ。夏の間はこの辺に別荘を持つパリの人たちで賑わう。エリックは、この8月で60歳になったが、子供の頃は、大規模な家畜市が立ち、牛馬、羊豚の取引が行われていたのを覚えているという。1950年代のこと。
ペルーズへ行くのにデイデイエの車にエリックと乗せて貰った。道路が話題に出た時、めのおが、ツールドフランスが昨年通ったので舗装が良くなったと言ったところ、「昔のピンク色の舗装が全面グレーになって台無しになった」とエリックが嘆いた。
言われて気が付いたが、森の中の昔のままの道は淡い紫とピンクの色をしている。小さな砕石の粒の色が赤いのだ。エリックが描いた森の道は、その通りの色だった。エリックはだいじな子供の頃の想い出を破壊されて残念なのだ。
(右はペルーズの丘へ登る道と畑。左は森の木の枝のトンネルとピンクの道。いずれもエリックの絵)
3日目は曇りでいつ雨が降るかわからずシャトーの周辺で写生をした。
エリックは城門の手前にある小じんまりした果樹園から城をスケッチし時間を掛けて彩色していた。夕方見せてくれた絵はスケッチとは別のアンフォルメルな絵だった。
ザオ・ウーキーを思わせる傑作↓
エリックは絵具は使わず、土と桑の実(ミュール mûre )の汁で描いたそうだ。下方の白い点線は石の鋭い破片で紙を引っ掻いてつけた。このあたりの土はオーカー ocre の黄色をしている。
めのおは城門脇のドンジョン 円塔を描いた↓
この塔は鳩の巣として使われていた。奇妙に思われるかもしれないので、ピジョニエール(鳩小屋)の内部の写真とエリザベッタの個性ある絵を次回にご紹介します。


