シェレックは25歳以下最優秀選手に贈られる白のジャージーも手にした。敢闘賞の白地に赤の水玉ジャージーはフランスのシャルトーに代わった。
個人総合はシェレック1位、コンタドール2位となった。
( 写真上:健闘するアスタナ・チーム)
7月14日はフランス大革命の記念日で祭日だがレースは行われた。恒例のパレードが繰り広げられたパリでは朝のうち雨だったが、南西アルプスのコースは晴天で酷暑となった。記念パレードは旧植民地のアフリカ諸国の独立50周年で13カ国が招かれ分列行進を披露した。
様々の民族衣装を着た軍人たちが脚を高々と前に挙げ、まるでロボットの分列行進だった。同じ集団で進むなら自転車のロードレースの方がずっと面白い。
自らが住んでいる土地を守るためなら、フランスのレジスタンスやスイスの自衛軍のように実体を重視し形式を誇示する必要はない。中国や北鮮など見せかけにこだわる国ほど威容に執着するのは何故だろう。
アフリカからパレードに招かれ大統領の横に並んで観覧席に座った首長の中には援助金で私腹を肥やしパリなど外国に数か所の豪邸を持ち、国民を飢えとジェノサイドに苦しめている犯罪者すら居るではないかと批判された。
(写真上はケッス・デパルニュ Caisse d'Epargne チーム)
11日目(第10区)は青々と水を湛える湖やアルプスから流れる青灰色の川に沿った清々しい風景の中を走った。途中第2級の低いが長い峠があるだけのコースで、最初から飛び出た6人が最後まで快調に飛ばした。
フランス人の2人が勝利を飾るかに思えたが、最終的にポルトガルのポランホ(アームストロング・チーム所属)が数10センチの差でベラルーシのキリエンカを抑え区間優勝した。先着と後続集団の差はなんと14分に達していた。
10日目に続き先行逃げ切りがこの日は大差で実現した。
個人総合はシェレック、2位がコンタドール、アームストロングは31位、新城は107位となった。
赤の水玉ジャージーは再びピノーに、これでピノーは通算7回赤玉シャツを着る。グリーンジャージーは依然としてノルウエーのユショヴ。
(写真上は出来たばかりのユニフォームを着て宣伝するレンス・アームストリング)
チーム別順位は、1位がスペインのケッス・デパルニュ(Caisse d'Epargne)
2位がアームストロングが作ったUSAのラデイオ・シャック Team RadioShack
3位がカザクスタン国籍でコンタドールが所属するASTANA Team となった。
1チームは9人の選手から成っており、順位はチーム・メンバーの先着3人(ベスト3)の合計タイムで決められる。
12日目(第11区)は 南仏のシステロン Sisteron ~ブルグ・レ・ヴァランス Bourg-les-Valence の180km 時に40℃を超える猛暑の中を下り坂のスピード・レースとなった。先行グループはゴールまで20km地点で捉まり、カヴェンデイッシュ、ペタッチ、ユショヴのスプリントが争われた。
ゴールまで800m地点で「どしたんだ!」「なにしてんだ!」と驚愕の声。コロンビア・チームの、マーク・レンシャウがチーム・メートで優勝候補のカヴェンデイッシュを先導、最後のダッシュに有利な位置を奪おうと並んで走るニュージランドのジュリアン・デイーンに横向きの頭突きを連続3回も加えた。
結果は600mで隙を見付けたカヴェンデイッシュが長いダッシュで先頭に躍り出、ペッタチ他の追撃を最後まで許さず優勝した。これで今季3度目、通算13度目の区間優勝。
頭突きを加えたレンシャウはレース終了後即座に、順位付けから外されるだけでなく、レースから除名すると会長が発表した。
70km/h近いスピードで転倒でもしたら大事故になるところだった。被害者のジュリアン・デイーンは「倒れるかと怖かった」と証言。カヴェンデイッシュは危険を冒してまでも先導してくれた仲間を「誇りに思う」とインタヴューに答えた。
レンシャウはジュリアンが道路脇のガードに押しつけようとしたので頭突きで押し返したと弁明したが、ヴィデオにはガードとの間は1メートル以上空いている。カヴェンデイッシュの先行の邪魔者を抑え込んだとしか言いようがない。
レース中の違反行為で除名されたのはマーク・レンシャウが初めてではなく、1997年にはベルギーの選手が最後のダッシュ競り合い最中に競争相手にドリンクのボトルを投げつけ除名された。
グリーン・ジャージーがユショヴからペタッチに代わった。イエローはシェレックで変わ
らず。個人総合も先頭は変わらず。アームストロングは32位。この日、特記すべきは日本の新城(あらしろ)が6位でゴールしたことである。トップと同タイム。総合では102位なった。
13日目(第12区)では出場選手が176人に減った。先行の4人が逃げ切るかに見えたが、最後の2kmが登り坂で息が切れた。シェレックとコンタドールの闘いを予想した記者に、ベテラン解説者は、ここでスパートしても稼げるのは、ほんの数秒だけ。それより、エネルギーを蓄えピレネーで数分差をつけた方が賢明で多分そうするでしょうと否定的だったが、その予想は外れた。
登り坂で、コンタドールはスパートした。長身のシェレックは追撃できなかった。ダッシュに強い選手は瞬間的な筋肉の爆発力がある代わりに体重が重く登り坂では重量が足枷になる。小柄なコンタドールは身軽にひょいひょいとアヒルのダンスで登ってゆく。
先行していた Astana のヴィノクロフ(カザクスタン)とスペイン人のジョアキン・ロドリゲスがコンタドールを挟む形でゴール。ロドリゲスが最後ダッシュでコンタドールに競り勝って区間優勝した。
総合優勝を狙うコンタドールは区間優勝は二の次でスペインの同胞に譲り、シュレックとの差を10秒縮め31秒とした。イエロ・ジャージはシュレック。グリーンをユショヴが取り返した。
レンス・アームストロング32位、新城は101に上昇した。


