ロレーヌ地方のドムレミ村から従者6人に付き添われ、ロワール河の下流にあるシノン城へ王太子を訪ねる旅は、英国軍とブルゴーニュの兵士が見張る敵陣の中、日中馬に跨り悠々と進むわけにゆきません。
ヴォークルール村の守備隊長ボードリクールが道案内にコレ・ド・ヴィエンヌをつけてくれたので、森の小道や裏道、兵士が見張る橋を避けて浅瀬を渡り、それも夜、闇にまぎれて移動したに違いありません。
筆者が住んでいるサンファルジョーの古い教会にも銘板があり、ジャンヌ・ダルクが立ち寄って祈りを捧げたとあります。が、今日は、ジャンヌと護衛の6人が渡ったと印されている碑を見つけたので、写真を撮ってきました。
場所はウチから10キロほどのブレノーという隣村です。村はずれに今は橋が掛かっていますが、その橋の手前に目立たず石碑が立っています。
陰になって見えにくいですが中央の木の左下にあるのが石碑です。
拡大するとこうなります↓
銘板にこう文字が彫ってあります。
ジャンヌ・ダルク
1429年 2月 28日
ここでロワン川を渡る
五百年祭
ロワン川はセーヌ河の支流です。モンタルジスという町を通り、パリに近づくとヌムールというデユポン家が出た街、画家シスレーが晩年移り住み橋や教会を描いて没したモレ・シュル・ロワンでセーヌと合流します。
今日は水曜日で、子供たちは学校が休み。(そうなんです。週の真ん中に休みがあるなんてフランスらしいですね。むろん塾なんかへ行きません)
ジャンヌ・ダルクが渡ったという浅瀬で子供たちが釣りを楽しんでいました。
この田舎道をさらに15分ほど車で走るとロワール河へ出ます。ブリアールという運河と大河が出会う町に今日は用事があって来ました。銀行にやぼ用ですが、ものの一分と掛かりません。
空が抜けるように青く、五月晴れのこんな日にはのんびりとロワール河の土手を散歩しましょう。先週までの雨続きで水かさが増え、流れが急です。
ロワール河はフランスで一番長い大河です。
中央高地帯に水源を発し大西洋へ注ぎます。
セーヌのように上流に調整池があったり、途中堰や護岸工事が頑丈にしてあったりとは正反対の自然のままの河です。
環境派が根強く保護運動をしているおかげです。
セーヌ川は河口から大型船が遡ってルーアンまで航行できますが、ロワール河は木製の平底船しか通れません。その代わり、今でも大西洋から「鮭」が遡ってきます。
フランスは平地が多いので川の流れが一体に緩やかです。どれくらい緩やかか?
日本の川と比べましょう。日本でいちばん流れが緩やかな河は坂東太郎。利根川ですね。
フランスで一番流れが急な川は、アルプスに発し、レマン湖で一旦力を蓄え、リヨンを横切って地中海に注ぐ、ローヌ川ですね。このローヌ川と利根川を比べると、日本一遅い利根の方が流れが急なんだそうです。
ブリアールにはロワール河の上に、ちょっと風変わりな橋が掛かっています。
遠くからだと普通の鉄橋に見えます。ところが、ぎっちょん、この橋は
運河なんですよね~!?
大河に掛かった橋を船が渡ります↓
運河を観光船で散歩できます。
この運河橋を作ったのは、だれあろう、かのエッフェル!!さんです。
エッフェル塔をパリ万博用に建てた
エンジニアのエッフェルは会社を作ります。
あちこちに鉄骨を使った建造物を作っています。
この運河橋は建造が難しかっただろうと推測されます。水が漏れないよう特別な工夫が要ったことでしょう。
自然保護の甲斐あって、水辺で小魚を狙っている、サギを見つけました。
デジカメ用の望遠レンズを持ってないので対象が鳥など小さいものだと豆粒にしか写りません。
でも今日は運よく、このサギ君
歩き疲れ木にとまって休んで
くれたので、少しのアップで
見られるようになりました。
この辺には、野生の「う」や
「かいつぶり」もいて、水に潜っては
漁をしたり、羽を広げて乾かしたり
しています。右下が休んでるサギ君です↓
ブレノーも ブリアールもロワールの右岸
にあります。少し下流のオルレアンに近いロマネスク様式の大きな教会の内部にもジャンヌ・ダルクの記念碑があります。
その教会はサン・ブノワ・シュル・ロワールといいますが、ここも右岸です。
ジャンヌ・ダルクが、わざとみすぼらしい身なりをして家臣に紛れこんでいた王太子を見破り、神のお告げを伝えたシノン城は、ロワール河とヴィエンヌ川の合流地点にありますが、ロワールの左岸です。
どこかでロワール河を渡ったはずですが、どこで渡ったんだろう?と好奇心が沸きます。
オルレアンにはジャンヌ・ダルク記念館があります。一時期、英国が占領していたこともあってロワールの上流のジアンあたりまで英国人の観光客が目立ちます。
ある歴史の本には、ジャンヌと護衛の6人の小隊はジアンでロワール河を渡ったとあります。(続く)
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