私は、しばらく自分は「普通の子」だと思っていた。
はじめて自分が、「他の子とはちがうらしい」と自覚したのは、幼稚園の頃だった。
風邪をひくたび入院していた。でも別に変なことじゃないと思っていた。
入院病棟へ行くあのエレベーターは怖かったけど。これから点滴のため腕に針が刺されるということを分かっていたから。
心臓の病院への入院は、風邪で入院する病院よりもずっと楽しかった。具合が特別悪いわけじゃない(むしろ風邪などひいていたら帰される)し、お友達もできるし、楽しい思い出の方が多い。たしかに注射とか、よくわかんない麻酔とか(カテーテル検査時)とかは嫌だったけど。
そういうので幼稚園を休んだりすることはあったけど、別に気にしていなかった。
運動会も、ふつうに全部出た。かけっこも、ビリだったけど楽しく走ったようだ。ビデオカメラで撮られた私は、大変楽しそうに走っている。
リレーも出た。輪投げで使うようなドーナツ型のバトンを持って。
今思うと、私と同タイミングで走ったメンバーも、どちらかといえば色々な面でゆっくりな子達だったのかもしれない。
「あれ?」とはじめて思ったのは、○月生まれの子達のお誕生会か何かで、ケーキを食べる準備をしているところだったような気がする。
きっかけというか、やり取りの前後は覚えてないけど、クラスの女の子から「つぐみちゃんは病気だから」というようなことを言われたのだ。
ああ、数ヶ月前までは覚えてたのに、本当に「病気」という言葉を使っていたかについて覚えていない今の自分の頭に悔しい気持ちになる。
でもとにかく、「ちがう」ということが分かるような言葉だったことは、覚えている。
その後で、母親に、「私ってなんかちがうの?」とか何とか、聞いたことは覚えているが、なんと返答されたかは覚えていない。
私は、クラス内では、いわゆる「優しくしてあげる子」とか「守ってあげる子」とか、そういうポジションだった。
体は細っこくて小さい上に、すぐ泣くし、それはそれはひどい人見知りだし、自分で決められないし、若い男の先生を見れば何にもされてないくせに「あやしい」と言うし(※しまじろうに出てくる「らむりん」の口癖でした)、社会性にも多々未熟なところがあったため、結構ある意味の問題児だったと思う。
先生が、私のことをみんなに何か説明していたのかは、私は分からない。でも、私のこういう様子から、子どもながらに何か察するものはあったのだと思う。
でも、幼稚園ですっごく嫌な思いをしたとか、そういうのはなかった。
運動制限もないし、ほとんどみんなと同じようにさせてもらったのだと思う。
ぼやっとしている私の知らないところで、色々考えたり、サポートしてくれた人が、たくさんいたんだと思う。
みんな優しかった。覚えていないことの方が多いけど、今あるのはあたたかい思い出だ。