風呂上りの髪の乾かし具合、と言うか乾かした後の髪の状態(分け目、前髪の具合、エアリー具合)によって次の日の髪の質が決まる。
故に次の日一日のテンションが決まる。
それくらい髪を乾かすことは大事なんだ。
なぜ急にこんな事を言い出したかと言えば、今の髪の状態が最悪だからだ。
前髪の分け目も違ければ、妙にぺッタンコだし。
もう今日は一日テンションも上がらなければ、うだつも上がらない。
こんな日は外出もせずに、家に引きこもりたい。
昼食はどうしよう?
ピザでも取ろうか。
店員「お昼時は混みあってしまいまして、お届けに1時間くらいかかってしまうのですが…」
電話越しに申し訳なさそうな店員のか細い声。
寛大な俺は、
俺「ああ、ええよ…がんばりや!」
店員「おおきに!」
どうせなら待っている間の一時間、運動でもして腹を減らせば美味しくいただけるのではないか?
そんな意欲満々の俺は、部屋でシャドーボクシングに勤しむ。
「シュッシュッ!」
自然と漏れる効果音が心地よい。
気持ち盛り上がってきた俺は、家の中を縦横無尽にステップしながら拳を唸らせる。
ピンポーン。
店員「ピザお届けにあがりま…ぶべら!」
俺はピザ職人を殴った。
その瞬間、俺のシャドーはシャドーではなくなった。
俺は悪くない。
だってアイツは1時間と言ったのに、40分でお届けにあがったからだ。
俺「ごめんなさい!」
店員「ああ、ええよ…がんばりや!」
俺「おおきに!」
シャドーボクシングのおかげでペッコペコになった胃袋に、俺はピザをぶち込む。
~中略~
夜になれば俺はラスベガスに顔を出す。
これはバイトのシフトが休みの時だけのご褒美さ。
ラスベガスは俺の第二のふるさと。
そこで出会った親友のスティーブが俺に言った。
「苦あれば楽あり、all for one…やで」
グっとキた。
スティーブはいつだって俺の心を動かす。
今日もいい酒が飲めそうだ。
そんな上機嫌の俺の目の前に、お目当てのオンナであるキャシーがやってきた。
「Hi!」
俺は英語が喋れない。
もちろんポルトガル語も然り!
コトバなんていらない。
キモチがあればきっと伝わる。
これは俺の父さんが毎日寝言で言っていた言の葉。
でも俺はキャシーに想いを伝えたかった。
4ヶ月も前から!
勇気を出して、俺は彼女に声を掛けた。
「苦あれば楽あり、all for one…やで」
請け売りだ。最悪だ。
そんな恥ずかしさ、不甲斐なさからずっとうつむいている俺に、優しいキャシーはそっとこう言ってくれた。
「What?」
そう、俺が英語がわからない様に、彼女もまたニッポン語がわからない。
そう、ここはラスベガスだから。
ラッキーな奴もいれば、アンラッキーな奴だっている。
人生ギャンブル。
と言えば言いすぎかもしれない。
でも人生とはメリーゴーラウンドであり、夏はアミューズメントパークなのだ。
楽しい時間というのはアッと言う間に過ぎ去るもの。
家に帰れば目まぐるしい現実がまた圧し掛かる。
それでもボクらは生きる。
何故かって?
理由なんていらないさ。
そこにキミ達がいて、ここにボクがいる。
one for all,all for one…YADE。
スティーブのコトバはいつだって正解だ。
100点満点だ。
それに比べて俺はどうだろう?
毎日毎日宿題もやらんとゲームばっかやって。
ゲームは一日一時間まで。
そんな大人が敷いたレールに従う奴はゲームなんてしない。
ゲームをするやつは不良だ。
そんな風に怒鳴られたら、大人になんてなりたくなくなる。
だから俺は誓ったんだ。
大きくなったら政治家になるんだと。
政治家になって天下ってやるんだと。
汚い大人を止めるのはやはり汚い大人なんだ。
それを悟った時、俺は誰よりも早くスティーブに教えに行った。
しかし、スティーブはもう知っていた。
俺は子供ながらショックを隠せなかった。
結局スティーブには勝てない。
そりゃキャシーも取られて当たり前だ。
なんて情けないんだ。
何か一つでもコレってものを持ちたい。
そんな想いに駆られながら街を歩いていると、どこからともなく音楽が聴こえてきた。
「あそこだ!」
古びた小さな楽器屋だった。
俺は恐る恐る足を踏み入れる。
「やあ…いらっしゃい」

続け…