最近の私の日課と言えば、マンガ喫茶「AMaenBoo!」に行くこと。
もちろん若い人のように、漫画を読んだり、ゲームをするのが目的ではない。
私には「あの日」から確固たる信念が芽生えていた。
そしてそれは日に日に増していくばかりで、決して消えることのない思いだった。
この方法が正しいのかわからない。
けれど何もしないでいるよりも数段早く「彼」に近づける気がしたのだ。
近頃のインターネットと言うのはとても便利なもので、検索バーに言葉を入力するだけで色々な情報をあっと言う間に手に入れることができた。
「石坂」
私が持っている情報は、決して十分ではないそれだけだった。
それでも諦めようなどという気持ちは一切生まれなかった。
毎日マンガ喫茶に通い続ける日々。
生活費のほとんどはそこに消えていった。
それでも私は、何かに憑り付かれるように通った。
その甲斐あってか、とうとう私は一つのヒントに辿りつくことが出来たのだ。
「石坂"C"コウジ…英国国立ウィーバー大学バングル校日本研究所…」
私はすぐにピンと来た。
「彼」に違いない。
私は何一つ疑問を持つことなく、そう確信した。
たった一度、ほんの数分しか会っていない。
顔さえもはっきりとは覚えていない。
しかし、どこか日本人離れした風貌だけはしっかりと目に焼きついていた。
「石坂"C"コウジ…彼に違いないわ」
私の感情はとどまることを許さなかった。
そしてその情報を元に、ありとあらゆる方法を使い、やっとのことである人物に辿りついた。
「Mr,チェスター」
この男性こそが、私と「彼」をもう一度引き合わせてくれるキーマンだと確信した。
私の行動力は今まで生きてきたこの43年間のうちで一番鋭く尖っていた。

*

「A.M.9:00 N.Y」
初めての飛行機、初めての一人旅、初めての海外…。
とても狭い世界でただ生きてきた私にとって、何もかもが新鮮だった。
緊張に隠れて、少しウキウキとした高揚感も入り混じっていた。
待ち合わせまであと1時間。
上手な時間の潰し方は知らないけれど、何もせずとも時が経つのをただ待つのは得意だった。
この日のために買った安物の腕時計の針が、今日に限って遅く感じる。
そんなことを思っていた時だった。
「Hello,お待たせしました。」
絵に描いたような紳士、そしてどことなく「彼」とかぶる部分も少しあった。
「…はじめまして…」
このニューヨークの地で見事に絵になっているチェスター氏と自分の姿を見比べ、初めて自分の田舎臭さに気付いた。
しかし今はそんなことは問題ではない。
この一年、何もしていなかったわけではない。
「彼」の情報を手に入れてからは一応英語の勉強をしてきたし、日常会話程度なら理解できるようにはなっていた。
しかし、チェスター氏の流暢な日本語に戸惑ってしまった。
「日本語でOKですよ。早速ですが見せたいものがあります。」
あらゆる状況に圧倒されている間に、どんどん物事が進んでいく。
これがアメリカ…。
世間知らずの私が何をウキウキしていたんだろう。
そんな心の声さえも見透かされているかのようにチェスター氏は言う。
「何も焦ることはありません。私に任せてください。」
頼もしい言葉だった。
そしてそこには初対面にも関わらず、何も疑問を感じることなく目の前の男を信用している自分がいた。

*

「これが彼の残した書物の"一部"です。」
目の前には高さ4メートル程にも及ぶ、見たこともないくらい壮大な本棚が立ち並んでいた。
「えっと…どれでしょうか?…見せていただけますか?」
何もわからないまま招待された大きな図書館で、私は必死でチェスター氏に追い付こうと歩いた。
「あの…」
私がそう口を開いたのに重ねて、チェスターはこう言った。
「さっき私が歩き始めたあそこの棚からこの棚まで全部…」
余りにも衝撃が強すぎて、そこから先はあまり覚えていない。
しかしチェスター氏が言った言葉は理解した。
いや、理解"しよう"と努めた。
何故ならチェスター氏の目は決して嘘をついている目ではなかったし、何よりこの状況でチェスター氏を疑うことは、私と「彼」の距離をただ遠ざけるだけだとわかっていたからだ。
しかしながらこれを理解したところで私と「彼」の距離はさらに遠ざかってしまう様な気がした。
「これがここにあるイシザカの全てです。」
目の前に立ち並ぶ大きな本棚たちが、大きな壁となって私の目の前に立ち塞がった。

「ショート・デリンジャー石坂の憂鬱」第一話。