母の入院、父の特養入所で無人になった実家。
母の帰る場所がなくなってしまうという気持ちもあったけれど、退院できるほどに回復できるとは思えないし、仮に奇跡が起きて退院できるまで回復しても自立して生活するのは不可能。
父がいるうちならまだしも、無人になった実家を維持管理するのも無理なので退去です。

23日目の目標
- 燃えないゴミを捨てる
- 物干し竿切断
- ゴミ袋を買う
- アルバム整理
燃えないゴミ
燃えないゴミは出す頻度が少ないため、絶対に逃したくなかった。夫の車に乗り切らないほど大量の燃えないゴミを出すことができました。
一度にこんなに出したものを残さず回収していただいて、ゴミ収集のお仕事をしている方に感謝。
物干し竿切断
3本ある物干し竿を切断しました。
超長いし伸縮しないから部屋に入れるのが大変でした。(粉が舞って飛び散るとご近所の洗濯物に付着したりしてご迷惑かと考え室内で切ってます)
ゼットソー ハイスパイスマンというノコギリで切りました。
物干し竿はそのままだと粗大ゴミになってしまいますが、こんなもので貴重な粗大ゴミ枠を使うわけにはいかない。
切れてるという手応えがあるのでスイスイ切れました。さすがに3本切ると手が疲れました。
アルバム整理
何とか魔の昭和60年代を0にできました。
21冊を0に!
いや、1冊くらいは残ってるかも。ほぼ0にしました。
写真は大量に残っているので、落ち着いたら厳選して整理したいです。
落ち着くことなんて考えてる場合じゃない。まだ処理すべきアルバムが山積みです。やってもやってもなくならない。
残業
- インターホン取り外し
- 日記を束ねる
インターホン
燃えないゴミの回収に間に合えば捨てようと取り外しに掛かったら、取り外している間に燃えないゴミの回収がきてしまいました。そうなるかなとは思ってました。次回の燃えないゴミで捨てます。
日記
父と母の日記。
大量にある。
数十年分ある。
半世紀分ある!
と騒いでいましたが、落ち着いて父の日記、母の日記、これが2000年代でこれがわたしの生まれる前、などと分類したらそこまでの数はありませんでした。
そこまでの数はないけれど、やっぱり大量にはあるんですよ。
資源ゴミで捨てるのは憚られるので燃えるゴミで少しずつ捨てていくつもりです。
とりあえず紐で束ねて、後日ゴミ袋に入れることにしました。
