認知症の父は、以前から夜になると、

「あと一人、帰ってきていないよな?」

と言うことがありました。

 

母は入院中で、家には父とわたしの二人だけ。

てっきり入院中の母のことを指しているのだろうと思い、母は入院中だと説明していました。

 

しかし、そう説明すると父がショックを受けて混乱することが多いので、わたしは、

「今日はもう誰も帰ってこないよ」

と言うようになりました。

 

 

父が最後のショートステイから帰ってきた時のことです。

 

夜になると父が言いました。

「あと一人はいつ帰ってくるの?」

 

「あと一人って誰?」

母のことを言っているのかと思いつつも、わたしは聞き返しました。

認知症の父と話す時は、父の認識している現実に合わせることが大事です。

 

父は、

「あと一人は…あと一人だよ」

と、言葉を濁します。

 

そして、

「何でまだ帰ってこないんだろう。女の子が暗い中歩くのは危ないだろう」

と言いました。

 

 

その時、わかったのです。

父がこの日、帰りを待っていたのは、母じゃなくてわたしなんだと。

10代か20代の頃の、実家に住んでいた頃のわたし。

 

帰りが遅い時に父を心配させていたのだとわかり、泣きたくなりました。親不孝な娘でした。