20時に寝床に入った父でしたが、21時が近くなった頃に起き出しました。
様子を窺うと、
「何か思い出した。俺は今、何かを思い出して起きたんだけど」
とぷつぷつ言っています。
「何を思い出したんだったかなあ。ちょっと散歩にしてくる」
と、急展開。
父の夜のお出かけは止めないことにしたので、ついていくことにしました。
父はついてこなくていいと言いましたが、寝巻き姿で外に出られると気が気じゃないので、付き添います。
父の寝巻きは、浴衣タイプ。
実家は集合住宅です。父は、玄関を出て階段を下りて集合玄関の前まで出ました。
「ここでいい。ここが終点」
と言います。
「俺の自転車はどこだ」
と言うので、自転車置き場を指し示すと、
「あった、あった。俺の自転車だ」
本当に視認できてるのか謎ですが、まずは自転車を確認して安心したようです。
そして父は天を仰ぎ、まばらに雲の広がる夜空を見上げました。
「わかった。思い出した。あの雲だ。思い出した」
えっ、雲?
雲なんて一瞬だって同じ形はしていないのに?
「あの電柱も。そうだった。全部思い出した」
何を思い出したのかさっぱりわからないのですが、父が満足して帰ると言うので、家に戻りました。
名探偵のひらめきの現場に居合わせたけど、何もわからない助手みたいな気分です。
ただ、小さな頃に泣き喚くわたしを夜の公園に連れ出してくれた父を思い出すと、これくらいつきあうのはやぶさかではありません。