日本の核武装で議論する時、原子炉から取り出したプルトニウムを含む使用済み核燃料を使って原子爆弾を作れるのか?と言う論争が必ず起きる。
 これについて作れる派と作れない派がいて、論争になっているし書籍やインターネット、テレビでも意見が分かれる。作り出せれば、我が国には原子爆弾の材料を豊富に持っているということになる。
 日本政府の公式見解として「我が国の原子炉は軽水炉で、そのプルトニウムはプルトニウム240を多く含む原子炉級プルトニウムである。そのプルトニウムで核開発をしても、不完全核爆発を起こして使い物にならない。原子爆弾は作れない」と言うものだ。
 その他の多くの学者も作れない派で「原子炉級プルトニウムで核兵器は作れない」が正しいように思える。
 しかし、不完全核爆発(フィズル)という言葉のとらえ方次第で大きく変わるのである。
 不完全核爆発とはどういう意味なのか?それを抑える方法は無いのか?について調べ、改めて考え直してみたい。
 そもそも、日本政府や学者は、原子炉級プルトニウムで核兵器を作ろうとしたことが無い。
 本来「作れない、作れる」とは、挑戦してみてダメだった時に言うが、挑戦してないのに否定するのは何故なのだろうか?

・プルトニウムで原子爆弾は作れない?
 例えば「プルトニウムで原子爆弾は作れない。作れるのはウランだけ」と言ったら多くの学者は否定するだろう。
 もっと細かく「兵器級プルトニウムでも作ることはできない。ウラン235を濃縮した濃縮ウランでしか原子爆弾は作れない」と言ったら多くの科学者から嘲笑されるだろう。
 「プルトニウムで原子爆弾は作れる」これは現在の常識である。
 だが、爆縮型(インプロージョン型)の開発に失敗していたら、もしくは爆縮型その物を、科学者が今も考案することができなかったら「プルトニウムで原子爆弾は作れない」は事実になっていたはずである。
 核開発をしていたオッペンハイマーは爆縮型を思いつく前、「プルトニウムで原子爆弾を作ることはできなかった」と思いつめ、辞任しようとしていたのは有名な話だ。
 そうなったら、濃縮ウランでしか原子爆弾は作れないので、プルトニウムの扱いは軽くなっていただろう。そして、ウランを燃やしてプルトニウムを作り出す原子力発電所は、平和産業扱いされていたのかもしれない。
 科学者のアイディアと努力により、開発に降りかかる壁を突破できたから、プルトニウムで原子爆弾は作り出せたのである。
 そう考えたら、アイディアと努力で、原子炉級プルトニウムでも原子爆弾を作り出せるのではないだろうか?