またまた、朝日新聞(関西版)7月1日のちりとてちん関連記事です。
前回と同じ「たまには手紙で」という記事で先日掲載した記事の続きです。
今回この関連記事、3回目になりますが連載のようですね。今回は前回の手紙の返信で、茂山さん(小草若)さんから、吉弥(草原)さんへ宛てた手紙の形式です。
今回もその中で、茂山さんらしい文面を一部を紹介します。
狂言の歴史は約600年、俺の家の歴史がざっと250年、俺が狂言やらしてもろて30年。右も左もわからん年から稽古して舞台に立たせてもらうの、どんな嫌やったか。
取材で「一回も辞めたいと思ったことないですか」と聞かれ、嘘ついて答える自分にどんだけ腹立ったことか。そらそうですよ。やってもやっても「下手下手」と言われ、今でもでっせ。
稽古で散々怒鳴られて・・・・。もう辞めたろかって何べん泣いたことか。でも子供ながら分かっていました。出来ひん自分が悪いってことも、「もう嫌や、狂言しんどい」と言うたら親父が悲しむってことも。 ~中略~
歴史ある狂言、歴史ある家に生まれたこと、やっと感謝できるようになりました。「狂言」に支えられて、「茂山」って名前に囲まれて仕事させてもらってるんですから。
~~とまだまだ話は続きます~~
上記朝日新聞の7月1日記事から抜粋
今回の記事を見まして、歴史ある狂言の家に生まれた茂山さんのプレッシャーと苦悩の日々が垣間見えます。
普通の家庭で生まれ育った人とは違い将来のレールが引かれている分、出来て当たり前の世界なんでしょうね。その分、伝統芸能と云うことで、特に世間の目にさらされている重圧は大きかったんだと思います。
そんな中、茂山さん言っていました。
「伝わってきた歴史の中に、今俺が居れること、感謝せなぁ~って。」
ちりとてちんでも似たような台詞ありましたねぇ。
「落語という大きな流れの中で、今お前はおる。」
やっぱり落語と狂言は合い共通するところあるのですね。




