今週の刃牙らへん/第61話 | すっぴんマスター

すっぴんマスター

(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第61話/猪追



驚愕の勇次郎スゲー回、3回目である…!

3回はいままでなかったようにおもう。スゲーな。


体長2.3メートル、310キロ、えーとこれは、イノシシ?イノシシでいいのかな。それが山のなか進んでいる。とても空腹なようで、複数の一文字の漢字が入り乱れるたまに見られる表現で、イノシシの現在のあたまのなかが描かれている。ほぼ食べること、わずかに牝のことという感じだ。


そこに、前方からひとがやってくる。イノシシはまずそれを敵として認識したようだ。これくらいでかいと年も相当とっているから、いろいろ経験があるのだろう。

それでまあ、その人物が勇次郎だというはなしだ。


前回同様勇次郎のからだは汚れている。熊退治でしばらく山にこもっていたものと思われるが、もちろん、じしんの欲求を満たす目的もある。こんなでかいイノシシを勇次郎がほうっておくわけがないのだった。


相手が何者なのかを理解するなりイノシシは猪突急旋回、勇次郎すれすれで江戸走りのひとみたいにあざやかなUターンである。距離的にUターンしなかったらぶつかってそうだが、勇次郎は動いていない。逃げるのがわかっていたみたいだ。


危険を感じて猛スピードで逃げるイノシシを、速い走り方なのか、悪路であるためか、わからないが、ちょっとカッコ悪い動きで勇次郎が追う。


誰かがこのときのことをストライダム大佐に話している。なんか久しぶりの登場な気がするが、ポール・ヘイマン的な立ち位置のひとで、ファイトをするわけではないから思い出しにくいし、わからない。ひょっとしたらせっかくの勇次郎スゲー回なのに勇次郎のマネージャーみたいな彼が出てないことを板垣先生が思い出して3回目に至ったのかもしれない。


ストライダムが正しくこのはなしのなにがスゲーなのかを解説する。トラックではない、でこぼこの獣道、それでもイノシシのスピードは時速4,50キロになるだろう、でもそれじゃ彼に追いつかれると。勇次郎は砂浜やぬかるみでも9秒切るから。9秒って、100メートル走のことだとおもうが、ともかくここで勇次郎の走る速さが数字で表現される。かつて水泳などで似た表現はあったが、どちらにしてもこれはかなり珍しい。身長体重すら勇次郎はかなりあいまいだ。絶対的強さをもつキャラクターであるぶん、イメージ面でも展開上の制約面でも、計測されないままでいるほうがなにかとよいのである。とはいえ、ぬかるみで9秒じゃ結局どのくらいの速さかよくわからないが、まあストライダムは100メートルとはいってないからな。1キロかもしれん。


速さだけではない。当然のように素手で仕留めるだろうとストライダムはいう。餌だから。

またイノシシはすごい死に方をしている。手足はバキボキに折れ、からだは雑巾みうにしぼられており、腹部と頭部にでかい穴がある。ただ、逆に、勇次郎も一撃で仕留めるというわけにはいかなかったのだなとも感じられる。


亡骸に「いただきます」の一礼し、勇次郎は、むしり取った足をじかに食べる。食べるのは片足だけらしい。7キロほどのその肉を30分で食べ、「ごちそうさま」の一礼して勇次郎は去っていくのだった。



つづく



勇次郎、生で食って大丈夫なのか…。武蔵だってピクルの勧める生肉はあとで焼いて食うって言ってたぞ。


ファイト以外の勇次郎描写って「よくある」のだけど、このタイミングであることになにか意味はあるだろうか。

物語の流れ(文脈)という点以外でいえば、前回みたように、熊退治にかんしては勇次郎の社会貢献的な要素が感じられた。

まず最初、最近定番になっている、自分以外がメスであるというアレが描かれた。げんに最強であり、自他ともに認めるその絶対性を証明するには、彼は逆説的に他者を必要とした。誰よりも強いためには、誰も彼より強くないことを示すほかない。これが彼のなかの野性と反応し合ってあのような人格になった。しかし刃牙との親子喧嘩を経て勇次郎はそこから解放されたはずである。事実最強であるため、そのホルモン量から自分以外がメスにみえるという状況にちがいはない。ただ、それをいちいち示してまわる必要はないし、ふつうの男性が恋してもすべて変態行動には出ないのと同様、目に入るなり性欲のままにふるまうことを回避しようとするような社会性も、同時に身についたはずである。それがあの、老婆への親切が示すところだ。

そして熊退治は、明らかに昨今の熊騒動から導かれた状況である。つまりこれは社会貢献である。やはり、野性はそのままのはずだ。しかし少なくとも見かけ上の動機は異なる。勇次郎の暴力衝動はそのままに、そこから相手を蹂躙することで得られる証明を除いたものが、熊退治だったと考えられるのである。


ではイノシシについてはなにが描かれたか。勇次郎の汚れ方からして、しばらくの間彼は野宿をしているものと思われる。目的は最初から最後まで熊退治だったのかもしれない。それはわからないが、この間、どうやって生活していたのかということが、ここでは描かれているのかもしれない。

そしてポイントはやはりいただきますとごちそうさまの一礼だ。これらは、仕草に意味が宿る記号的な儀礼であるから、思考法としては言語運用に近く、きわめて人間的な行動だ。たんに食べ物への感謝を示している場面で、意外な一面を示すだけではない。ここには「人間」がいるのである。そこが、野性に突き動かされて暴力から食事に至りながらも、これまでとはわずかに変わっているところなのだろう。ここにはたしかに社会性がある。性欲はそのままにしながら誰彼構わずすることはもうなく、そればかりか老婆に親切にする、暴力衝動を満たしつつも表向きは社会貢献的にクマを退治する、そして、空腹のまま必要以上にイノシシを叩きのめしながら人間的儀礼を欠かさない。異様な道のりではあるが、ともかくも勇次郎は「人間」の道を歩みつつあるのである。









管理人ほしいものリスト↓

 

https://www.amazon.jp/hz/wishlist/ls/1TR1AJMVHZPJY?ref_=wl_share

 

note(有料記事)↓

https://note.com/tsucchini2

 

お仕事の連絡はこちらまで↓ 

tsucchini5@gmail.com