第47話/握と嚙
格闘ロマンに魅せられるものたちすべてのアイドル、大山倍達のエピソードである。
故大山総裁は、ことあるごとに語っていた。人差し指と中指に10円硬貨をのせ、それを親指でへし曲げることができると。そして、それくらいの指のちからがあれば、相手の耳や鼻をもぎとることができると。ぼくは語りで目撃したことはないが、著書では何度も読んだことがある。だいたい、指立て伏せの効用についての流れで語られていた。まず、人差し指と親指の、二本指での指立て伏せを行う。これが100回できるようになると、今度はそれで逆立ちができるようになる。そうなると、10円玉が曲げられるようになっているし、耳や鼻をとることができるようになっていると。10代のぼくはそれを読むたび、もぎ取ったことがあるんだなあ…と思っていたものだ。
ただ、これは大山総裁にとっては素人向けの表現というか、もぎ取ることが目的ではなかったと思われる。もちろん「指のちからが強い」はそれだけで強力な武器になるが、指立ては手自体を鍛え、また拳をかたく握るために行うもので、もぎ取るくだりは鮮烈なイメージを呼ぶ副作用的なものだったのではないかな。
頬をむしりとられ、いいのをもらって仰向けに倒れるジャック。意識はある。花山が彼に、いつものように、できるかと訊ねる。
花山が間近に立っているからチャンスだ。ジャックは少し笑ってからすばやく身を動かして花山の右足にからみつく。足も使って完全にからだを固定している。そしてスネのあたりを噛む。花山は痛くないのかよ。特に反応はない。
ゆっくりと、からみつくジャックの左足、スネの部分に花山の左手が伸びる。木崎は、大山総裁がコインを曲げる以上に捻じ曲がった500円玉を思い出している。あのちからでちぎっては投げ、ちぎっては投げ…。今度は指をすべて使い、肉をわしづかみにしたのだ。そしてやはりむしりとる。
今回もジャックは絶叫。噛みつきも外れてしまうのだった。
つづく
ちぎっては投げって意味がちがうだろ…
ジャックの噛みつきだが、花山があまりダメージを受けていないようなのが気になる。花山のタフネスゆえなのかもいまいち判断がつかない感じだ。ただ、かみちぎるまでいっていないというのは大きいかもしれない。刃物で刺された程度の損傷で済んでおり、花山はそういう痛みには慣れっこというわけだ。
握撃も強力だが、ただつねる、わしづかみにするというだけの行為が、花山の握力を経由するとこれだけ強力な技になるのである。
しかしやはり気になるのは、ここまで強力で、特に用意も必要なく、いつどんなときでもできる攻撃を、なぜいままで彼はしてこなかったのかということだ。つまり、おそらく花山は、通常のファイトではこの行為を封印する傾向があり、今回はそうではないのだということだ。
では、今回のファイトは、なにが通常と異なっているか。ふたりはこれをただのケンカとして行うため、ストリートで戦っている。しかしそれはいかにもわざとらしい感じがしないでもない。「ケンカ」という様式が感じられるというか、突発的ではもちろんないし、なにか花山による舞台、演出という感じがするのである。ジャックは、花山の書いた台本で「ケンカ」をさせられているのではないか。
そういえば、今回のたたかいでは、じしんの「負い目」を帳消しにするための自罰的行為を、花山はとっていない。これは大相撲戦もそうだった。あれも、なにか舞台、演出という感じがあった。ただしその台本は「対大相撲」のものであり、様式美で成り立つ大相撲に一定の敬意を払ったうえでのものに感じられた。花山が強者として生まれた原罪を抹消しようとするのは、勝つためだ。そうやって「花山薫」が滅せられたとき、主体としての彼は消失し、名もなき博徒が死んだあとでも少年を守ったように、自律する述語として強力無比なパンチが放たれるのである。つまり、それをしないとき、彼は、もちろん負けてもいいとおもうはずはないが、少なくともなんとしても勝つというふうには考えていないのである。歌舞伎町の「人間関係」のなかに生きる彼らしいマインドといえるかもしれない。もちろん最後には勝つ、勝つけど、それより微妙に優先されるものがあることがある。たとえば大相撲への敬意であり、ジャックへの「エエカッコしいも悪くないよ」という提案だ。こういうとき、彼は滅私をしないのである。
つまり、このファイトで花山は、通常葬り去る「強者としての花山」を生かしたままでいるのだ。見たように、もし勝とうとするなら、これではいけない。少なくとも花山はそう考えているし、じっさい主語を欠いた透明な一撃を行う花山は仏の目をしており、武蔵をも驚嘆させる。だがいまはちがう。ある意味わがままに持っているものをばんばん使う。こうして、ふだんは見られないつかみ技が現れているのである。
となると、花山にとってこのファイトは接待である。ジャックが勝つには、一矢報いるには、ニコニコ接待する彼から本音を引き出さなければならない。なんかもう終わりそうだけど、少なくともなにかを学んでから終わってほしい。
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