今週の九条の大罪/第58審 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第58審/愚者の偶像⑨

 

 

 

 

まずは回想、烏丸がはじめて九条に話しかけたところである。警察署か裁判所かわからないが、とりあえずどこかに役所的なところだ。イソベンにしてくれないかと。普段の言行からもわかったことだが、最初に声をかけたのは烏丸だったのだ。

 

東村ゆうひ法律事務所の・・・という自己紹介を受けて、そんな四大の上澄みが底辺弁護士になんの冗談かと、九条は木で鼻をくくる態度である。すごいな、そこまでいわんでも。とはいえ、九条はたぶん、弁護士仲間からは嫌味や喧嘩腰の態度で話しかけられることが多いんだろうな。

烏丸は事務所を辞めるという。大手事務所は資料集めや雑務ばかりでつまらないと。下積みってことなんだろうけど、烏丸は非常に優秀なので、経験を積む意味もあまり見出せないのだろう。烏丸がわたす水を、九条も飲む。

東村がつまらないのはいいとして、なぜ九条かというと、もともと興味があった。世間が死刑をのぞむような被疑者の弁護だった。そんな仕事にはふつう関わりたくない。なぜ弁護したのか? こたえはいまと変わらない。世間を敵にまわしても最善の弁護を尽くす義務があるからと。儲かるわけでもなく、それどころか世間から疎まれることにもなる仕事である。だが九条は、はっきりと「使命感」という言葉を用いて、そうした外的要素とそれが別物であると応えるのだった。

おもったとおりおもしろい人物だと確信した烏丸が笑う。以降のつきあいがいままでに至るわけだが、その烏丸は、反社とのつきあいにかんして見解を異にし、九条から離れてしまったのだった。これ以上反社とのつきあいを続けるなら辞めるということを烏丸が警告したうえでの行動である、九条は事態を理解していたはずだが、けっこうな喪失感があるらしい。ブラックサンダーと床に座る九条の姿は、まるっきり「事態が最悪のところに至るまで心のすれちがいに気がつかず、つれあいに家出された仕事人間」である。

 

壬生のところには犬飼がやってきている。犬飼がじぶんを恨んでいるであろうことは壬生にはわかっているはずである。だがぜんぜん態度は軟化しない。軟化しないというか、ただの「10年ぶりに会う後輩」に過ぎないという感じの態度である。壬生の命令で10年も刑務所に入っていたのにと、犬飼でなくてもおもうところだが、まだ壬生は「思い出話でもするか?」という感じだ。しかしこの10年は語って済ませることのできるものではなかった。怒りで震える犬飼は、面会にも来なかったということをいう。これはけっこう意外なところかもしれない。壬生もいちどは面会に行こうとしたが、拒否された、だから行かなかったということのようだが、犬飼的には何度も足を運ぶのが筋じゃないかと。

しかしそれももうどうでもいい。愛美殺しは300万では足りない、3億寄越せと、犬飼はついに言う。犬飼はすでに小山、京極、嵐山の事件への関与を理解している。わざわざ彼らの名前をくちに出して「3億でも安い」とするのは、脅迫だろう。壬生は知らない、過去の話だで乗り切ろうとするが、そういうわけにもいかない。外には菅原と、その子分たちが10人ほどきており、工場を囲んでいるのだ。久我は既につかまっている。久我が風俗店経営で摘発されたときニュースに顔が出て、菅原は壬生とのつながりに気付いたのだという。外畠を捕まえて芋づる式に嵐山がどうにかしようとしてたアレだよな。ぼくもアレ、ちょっと大丈夫かなっておもったんだよな・・・。久我はあんまりおもてに出ちゃだめじゃないかなって。

いずれにせよ久我はただでは済まない。そうして右腕が人質になったような状況で、壬生は再び3億要求されるのだった。

 

 

 

つづく。

 

 

 

久我は人質のようでもあるが、同時に菅原がこの件に積極的に関与する理由にもなるだろう。

犬飼はまず、じぶんがあの愛美殺しの詳細をよく理解しているということを伝えた。これは、「3億」と聴いて驚いてみせる壬生に対しての反応だ。つまり「3億は高くない」というのは、10年という時間の重みを年をとることによって知って、そののちに発生したうらみの量の表現ではないということになる。おそらく、刑務所にいて、無意味に10年を過ごしていたころの感覚としてはそうだったろう。だがそれはしだいに犬飼のうちで置き換えられていった。どのタイミングで、どうやってかは不明だが、事件の詳細を知ることによってである。つまり、そこには小山、京極、嵐山といった面々が関わっていたわけである。それだけの事件なら、ある面「10年」は妥当であるかもしれない。とするなら、やはり300万は安すぎると、こういうふうに考えられるのだ。

だがこれは彼があとからじぶんのうらみに根拠付けをしているだけのことだ。ここで行われていることは脅迫である。事件の詳細を嵐山にばらしたら、またばれうるかもしれないということが小山や京極にばれたら、どうなるか。もちろん、特に後者のばあいは犬飼もただでは済まないわけだが、壬生も責任を負うことにはなるだろう。だから犬飼のこの脅迫は、ほかならぬ壬生にとって、犬飼に3億払う価値はあるんじゃないのかということなのだ。

そうしてまず壬生には3億払うべき理由があるということが示されたが、それでもとぼけることはできる。単独のちから関係では壬生のほうがうえだからだ。しかしそこに菅原が参加することになる。菅原は壬生とは因縁があり、犬飼ともつながりがあったが、ほんらいこの件には無関係だ。しかし久我を通して無関係ではなくなった。ただの、なんかあやしい、むかつく後輩くらいのものだった壬生に制裁を加える理由ができたのである。そうして、犬飼はバックアップを、菅原は適当な鉄砲玉を手に入れたというわけである。

じっさい、この状況は「詰み」に見える。だが、ずいぶん前から壬生は犬飼と菅原がつながっていることを知っていたし、犬飼がたぶんなにかしてくるだろうということもわかっていたはずだ。なにか手を打っているとはおもわれる。考えられる手段としては京極か嵐山の2択だろう。京極に頼めればはなしは早いかもしれない。なぜなら、いま見たように、犬飼が事件の詳細を知っており、しかもばらしそうであるという事態は、京極にとってもなんとかしたいものだろうからだ。けれども、それは壬生が死んでからでも済むことかもしれず、なんなら壬生の責任のもと3億払えよということになるかもしれない。もっといえばたぶん壬生はそもそも京極に借りを作りたくないだろう。とするなら嵐山しかない。背景はどうあれ、犬飼は愛美殺しの実行犯である。出所した犬飼を嵐山が見張っていないとは考えにくいし、見張っていないなら見張っていないで、壬生が微妙に歪んだ情報を流して、この工場を見張らせているかもしれない。それで犬飼どころか菅原一派までいっせいに逮捕、というのはなんだか丑嶋社長すぎるかな。

 

犬飼については面会のことをあんなふうに震えながらいうというのが興味深かった。はなしの通りなら、いちどは壬生も面会に向かったのである。だが拒否されたので、それからは行かなかった。そしてそれこそが犬飼は気に食わなかったと。

まず最初の拒否である。犬飼は、300万であの犯罪ということで、たぶんむしろ喜んで命令に従ったはずである。だがどこかの段階で、10年の刑の重みを知り、だまされていたことを理解した。要するに、若くてあたまのよくないじぶんに対し、10年刑務所に入るというのがどういうことなのかというのを、くわしく説明しなかった、ということだ。おそらくタイミング的にもこれが最初の拒否の段階にあたるとおもわれる。そしてその後、壬生は二度と来なかった。この段階での彼がどういうふうに壬生を見ていたのかというのは、二通り考えられる。ひとつは、「だまされた」ということを理解しつつも、やがて背景の事情を知り、逆にむしろある程度赦していたというものである。まずありえないとはおもうが、最初の拒否以降は、面会を期待していたということだ。待っていたが、来なかったと。

そしてもうひとつは、刑務所内で唯一とれる壬生への反応としての「拒否」を、面会を通じて実現しようとしていたというものである。刑務所とは、「自由」を奪う場所だ。そのなかでただひとつだけ、壬生に対してできる反抗というのは、やってきた彼を拒むことだったのである。だが壬生は最初のいちどきりで、二度と来なかった。くりかえしの面会とそれを拒む犬飼の行動によって、おそらくはそうとううらみの感情を抑えることができたはずだが、壬生はそうしなかった。結果、犬飼のうちには去勢されたような感覚ばかりがつのったはずである。それがいまこうして爆発しているわけだ。

犬飼の言い方も、まず「面会に来なかった」ことを言い立て、壬生は「行った」といい、「何回もくるのが筋だ」というふうになっており、おもしろい。つまり、最初の「面会に来なかった」には、壬生がいちどだけやってきて、じぶんが拒否したことが含まれているのである。夫婦喧嘩で、「皿洗いすらろくにしてくれないよね?」といっぽうがいい、相手が「×月×日の夜やろうとしたけどいいって言ったじゃん」といい、「皿洗いは毎日やるものだけど?」と応えているような状況なのである。要するにここからは、拒否するかどうかに関わらず壬生は来るべきだったのであり、それを待っていたという感想が見て取れるのだ。つまり、どことなく回避できた可能性が感じられるのである。

 

この「回避できた可能性」に関していえば、九条も同様である。九条にかんしては、烏丸がはっきり条件を示していたぶん、可能性どころではないが、今回の喪失感にちからが抜けている九条をみると、どうもそのことによってなにが起きるかまでは理解していなかったようである。

壬生は、悪人であり、冷酷な男である。だから犬飼の人生のことなどどうでもいい。たんに仕事の部品として使い捨てただけなのだろう。ただ、同質とはいえないまでも、こうして文章に立てる限りでは等しくなりかねない仕事人間的な冷酷さは、九条にも備わっている。それは、ホームをもたない、屋上生活の人間の冷酷さである。九条が人生のハレとケにおけるケを、娘の生活圏に預け、じぶんは人生全編をハレ、もしくは本番、端的には「仕事」に捧げている人間なのだ。だから、ペルソナをはずし、筋肉をほぐして無防備になる「家」をもたない。つねに緊張しているからである。こういう人間なので、すべてを「仕事の論理」でとらえる。その論理の先に、引き続き反社とつきあいを続けるということがあり、その結果烏丸は離れていったわけだ。「仕事の論理」の必然であるわけである。しかしそこに不可解な喪失感がやってきたわけだ。なぜかというと、烏丸は「おもしろい」から九条のところにいたのである。そして木で鼻をくくる態度だった九条も、じぶんをおもしろいという烏丸をおもしろいとどこかでおもったにちがいないから雇ったのである。あのときの、初対面の烏丸に対する九条の態度からは、普段彼が弁護士仲間からどういう扱いを受けているのかということともに、弁護士の横のつながりやそこから派生する縦のつながりを利用する気がまったくないということがよくわかる。その彼が烏丸を雇うのは、「仕事の論理」がそうさせるからだろう。九条じしんもそう考えていたはずだ。烏丸はじっさい有能なので。しかしいま烏丸が去ったことで、九条は「仕事の論理」だけが烏丸を選ばせたわけではないことを実感しているのである。

 

「仕事人間」は「仕事の論理」で問題を解決すべきだろう。おそらく壬生はじっさいそうする。しかし九条は究極のところでそうはいかない可能性がある。なぜなら、彼が全人生的にふりきったハレの現場で守るものは、ひとびとのケの現場だからである。同様に仕事人間であっても、じしんがより強大になっていくことにすべてを費やす壬生と、自己投資することがあってもけっきょくはすべてが他人のために行われる九条では根本的に異なっているのだ。もしふたりが対立するようなことがあるとすればここかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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