今週の九条の大罪/第4審 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第4審/弱者の一分③

 

 

 

 

金本卓は父親が元ヤクザというはなしだが、本人はヤクザではなく、半グレのようである。それでいて、仕事を振ってくる上部のものはいるようで、クスリをさばくようにいわれる。それはいいが、それを隠し、じっさいに販売できるかたちにする作業場が身近に欲しかった、というところで、曽我部の家がちょうどよいというはなしになったところだ。肝心なところは、それがたんに「便利」ということを越えて、「逮捕されるのは曽我部」ということだ。

 

金があるようには見えない一般家屋っぽいところに住んでいる夫婦が、大麻を栽培しているらしい。大麻くらいになると密輸したりせずにこうして栽培してしまうのか・・・。つくっているひげの男が金本に出荷できる旨を電話しているところだ。元気よくはなしを受け取る金本の前には、誰か輩っぽい男が倒れており、金本の仲間たちにバットでボコボコに殴られている。金属バットで、平気で頭までいってるようだ。金本のシマでなにか悪い仕事をしたということのようである。ぎりぎり生きているが、重傷だ。ここまでなんの迷いもなくできるのは、曽我部がいるからである。いざとなったら、輩や警察に詰められてもろくに反論できない曽我部を突き出してしまえばいいのだ。

 

その曽我部は九条の法律事務所に戻ってきている。忘れ物、大麻の入った菓子箱をとりにきたのだ。曽我部はドアの前でうろうろしていたようだが、監視カメラでそれをみた九条がロックを解除して入れたようである。

事務所には烏丸もいる。5年前の件に関与したということだが、よくわからないが、それは「弁護したけど負けちゃった」という理解でよいのだろうか?なにか、ふたりの感じや、烏丸の言い方からしてもそういうふうには見えないのだが・・・。ほんとうはもっと重いところを軽くできたとか、あるいは裁判に関わる以前の段階で相談があったとかそんなことなのかな。このあたりの手続きはぜんぜんわからない。

曽我部は烏丸のことを覚えているし、低姿勢だ。烏丸はなにか困ったことがあったら相談をと、弁護士の決まり文句であり、またおそらくげんにじゃっかんの心配もあって言う。すると曽我部の表情が抜け落ち、動揺したような口調で、お願いできることなんかないし金もない、だいたいじぶんには難しい法律なんて無縁だというようなことを言う。どうも、心配されるような口調がトリガーのようだ。続けて烏丸が「また金本卓に利用されてない?」と訊くと、半泣きで怒鳴り出す。馬鹿だからと見下すな、後輩を守るのは先輩の役目であり、それは「利用」ではないのだと。だがすぐに落ち着きを取り戻し、現実にじぶんは子どものころからモタモタしていていじられキャラだったから、そう見られても仕方ないという。

 

 

 

「人の話を聞くのが弁護士の仕事です。

 

初回相談無料なので気楽にどうぞ」

 

 

 

これは九条のセリフだが、第1審の思想信条のくだりとあわせて、鍵になるセリフである。依頼を経由しなければ当然弁護も発生せず、物語も動かないわけだが、初回無料ということなら、よすがにはなる。そして、“それ”が仕事だというのが九条の考えである。これは、ウシジマくんでいえばフーゾクくん、全財産を失った瑞樹に丑嶋が「金貸しだから」と、必要なら事務所に来いと声をかけた場面を想起させる。九条の大罪を読むにあたっては、「話を聞く」というぶぶんを忘れないようにしていこう。

 

曽我部が去ったあと、九条は、なぜ曽我部が金本とつるむのか洞察する。烏丸は「怖いから」だろうというが、それだけではない、利点があるのだと。路上では、曽我部が中学生くらいのヤンキーにからまれている。「メンチきっている」といわれているが、これは現実どうなのだろう。たんに弱そうだからからまれているのか、じっさいにらんだのだろうか。だが曽我部は「誰に言ってんだ?」と強気である。なぜなら、金本が近くにきていたからだ。金本は「曽我部先輩」に何かようかと中学生をしめあげるのだった。このあと、売上のやりとりをしている。これは、どういう状況かな。吹きだしの感じだと、曽我部が「売上」を金本に渡しているようでもあるので、ふつうに考えたら、弁護士事務所から回収した大麻をしかるべき人物に渡して、その売上を金本に渡しているということになるのだろう。だが、見ようによっては、曽我部の弱そうな見た目をえさにして弱いヤンキーを引き寄せ、それを金本が逆にカツアゲしているように見えないでもない。というか、そういうことをげんにやってそう。

 

家のベッドで丸くなる曽我部。あれからけっこう時間がたっているのかもしれない。前回描かれたときより、部屋のなかはかなり汚くなっている。すでに曽我部の部屋は仕分け場として稼動しており、作業するものが汚していくのだろう。部屋には、草だけでなく、粉末状のものまで、たくさんの薬物が散らばっているのだった。

 

 

 

つづく。

 

 

 

部屋で丸くなる曽我部は「刑務所は絶対嫌だ」といっている。その彼がいる部屋では、彼を刑務所送りにするであろう作業が行われているわけだが、この「嫌だ」は、なにを意味するだろう。つまり、曽我部は、金本に利用されることで、こうして刑務所行きになる原因を生産しているわけだから、これは金本のいいなりであることを間接的に示すわけである。だからこれは要するに、こうしたことはもうやめたいということなのか、絶対バレてはならないという決意を表すものなのか、2通りに見て取れるわけである。あの弱々しく丸まるありかたからして、おそらく前者だろうとはおもわれるが、金本への協力にかんして決意をあらたにしたといわれればそんな気もする。これは次回見なければならない。

 

今回は曽我部と金本の共依存的な関係性が深掘りされた。見たように、あの中学生にからまれる場面は、微妙に読み方の決定しないようなところがある。だが、肝心なことは、それがどのようなものであれ、曽我部は金本との関係に利点を見出しているということである。といっても、なんともいえないが、仮にあの中学生たちを、曽我部をえさにして逆にカツアゲしているのだとしても、曽我部がそのおこぼれに預かっているとはおもわれない。つまり、金銭的な意味での利点というはなしではない。それは、金本に従うことで、金本よりは弱い金本以外のものからの身の安全は保証されるということなのである。これを九条は、「曽我部のいる世界ならではの利点」という。これもまた多層的な表現ではあるが、それは「不良の世界」であるということ以上に、「弱者の世界」のことなのだ。「不良の子達は勘が鋭い」とは前回の烏丸の言い分だが、このとおりであるからこそ、ずっと年下のヤンキーにも、ただ街を歩いているだけで曽我部はからまれる。彼らもまた、曽我部が「弱者」であることを瞬間的に見抜いているのである。そういう経験を、曽我部はずっとしている。では、彼はどうすればよいのか? なにをしていても、どこにいてもいじめられる、「弱者」であることをつきつけられる、そういうときに、彼はどうやって身を守り、自尊心を保てばよいのか? それは、「いじめられる相手を固定する」ことで解決するのである。曽我部は、金本の奴隷、彼専属の「いじめの対象」になることにより、その他のいじめや暴力を回避するのだ。でもそうなると、他のものがふるっていたかもしれない暴力が金本に集約されるだけではないか、ともおもわれるが、そこに、先輩/後輩の物語が効いてくる。彼は、金本にいじめられているわけではない。先輩として、後輩の逸脱を容れ、解決を図る、そういう存在であると自己規定することによって、自尊心を保つのだ。

もちろん、それが幻想であることを曽我部もどこかで理解はしている。だが、それを理解するということは、彼はどこにいってもいじめられる、常に暴力の対象になる「弱者」であるということを、みずから認めることにほかならない。だから、それが暴かれるような状況にひどくおびえている。烏丸に向かって怒鳴ったのはそういう気持ちの働きだ。だから、烏丸が「何か困ったことがあったら・・・」という言い方を始めたとたん、ひどく動揺し始める。そうした踏み込みは、先輩/後輩の物語を転覆しかねないからである。

しかしそのいっぽうで、曽我部はふたりの弁護士、というかおそらく九条に対して、明らかになにか蜘蛛の糸のようなものを感じているようである。曽我部は、法律のことはわからないという。それは、わからなくてもいい。完全に理解しているのなら、専門家は必要ない。彼にとって重要なことは、手の届く範囲の素朴の事物から離れた、ある種魔法のようなロジックで、彼を救いうる、また掬いうる方法が、この世にはあるのかもしれないという予感である。それは、あの職質のときの鮮やかな救出によって曽我部に刻み込まれたものだろう。あのまま曽我部があそこにいても、どうにもならなかったし、そのうち持っているものも検査されて、逮捕されるわ金本が激怒するわで、たいへんなことになっていただろう。それを、言葉だけで、表情ひとつ変えず九条は突破した。弁護士にはなんでもないことかもしれない。だが、そうした世界の読み取り方、法という体系の網目によって世界を再解釈する認識のしかたがあるということが、彼には新鮮だったはずだ。法に限らない、身近な暴力、強い/弱いの単純な二元論で価値が決定する世界に「弱者」であるがゆえずっと生きてきた曽我部からしたら、「そうではない世界の読み取り方がある」ということじたいが、おそろしく新鮮だったはずだ。その原体験が、曽我部を無意識に九条に引き寄せるのである。まだ彼は、九条ならなんとかしてくれるかも、みたいなふうには考えていないだろう。だが、なんというのかな、『いまを生きる』の硬直したギムナジウムの世界に飛来したキーティング先生のような異様さとかすかな希望は、感じたはずである。九条はプライベートをもたない法律人間である。そこには、丑嶋にさえあった、あのうさぎの世界のような、存在価値の漂白されるような空間すらない。それは、彼のイメージとなる法の冷徹な合理性を体現するものであると同時に、法がほんらいその存在目的のぶぶんに抱えていたはずの公正性も宿すはずだ。資源の分配的公正には3つの顔がある。ひとつは衡平(equity)、次に平等(equality)、最後が必要性(needs)だ。衡平は、報酬が見合う状況であり、平等は、働きとは無関係に共同体の成員であれば均等に資源が分配されることであり、必要性は必要としているひとのところにしかるべく届くことだ。ひとことで公正といってもいろいろあるのは、集団の目標によって必要になる「公正」が変わってくる、ということのようである(有斐閣『法と心理学への招待』33頁)。たとえば成果報酬主義の会社のような集団なら衡平が求められるだろうし(たいがいは平等になっているが)、社会的調和を求める福祉の文脈では平等が求められることになる。世界は一面的ではなく、解釈されるそのときまで、大洋的な連続体なのだ。

 

 

 

 

 

 

九条がどうした理路を採用するものかは、まだ九条という人物をよく知らないぶん、うかつなことはいえないが、いずれにせよあのときに曽我部が感じたことは、そのような、新鮮さをともなう、新たな世界の見方だったとおもわれるのである。九条は、まず「話を聞く」。それが始まりである。そうしないことには、解釈を開始させるためのテクストを得ることができない。なにしろ真鍋ワールドなので、そうたんじゅんでもないだろうが、九条はもし救い、もしくは掬いが必要だというのであれば、適切な読みを採用していくはずである。

 

前回曽我部の金本への同一化という視点を用いた。見たように曽我部は、じぶんをいじめる相手を固定し、そのうえでそこに先輩/後輩の物語をかぶせることで、自己規定している。そうしなければ、曽我部は、常に、どんなときも安心のできない、日常をおびやかされた「弱者」になってしまう。ほんとうは、そうではないはずだ。これをつきつめれば、世界は範馬勇次郎以外安眠できない世界になる。現実には、無数の価値観、無数の原理が働くことにより、強弱だけでひとのありようは決まらない。だがげんに曽我部のいる狭い世界はそうなっているのだ。そんな世界は耐えられない。だから、攻撃者に対してある種の正しさを見出すのだ。金本は正しい。したがって、じぶんができの悪い人間であることは疑いない。そのことは、先輩ということもあって、受け容れなければならないと、こういう物語ができあがるのである。このことが、攻撃者を金本にしぼらせる、というふうに考えることもできるだろう。彼は、金本が「正しい」から金本に虐げられるのであって、弱いからではない。いや、弱いことは弱いのだけど、それが顕現するのは、金本の正しさにおいてのみであると。これが、事態を反復させ、負の連鎖を引き起こす。曽我部にとっては生存戦略だ。だが、九条の目からはそれはどう見えるだろう。曽我部は、それを知りたいと、どこかで感じているのである。

 

 

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