第462話/ウシジマくん48
獅子谷甲児のパシリあつかいな丑嶋。柄崎はそのことががまんならないが、丑嶋はなに考えてるのかよくわからない。そのタイミングで、丑嶋が戌亥を呼び出したのである。
丑嶋が獅子谷や滑皮に大きく出れない根本的なところには、高田と小百合がある。もし彼が、仲間のいない中学生だったら、三蔵のあたまをカチ割ったように、甲児に対しても思いきった行動がとれたかもしれない。甲児はたしかに強いが、そういう面では強さは社長にとって大した問題ではない。三蔵のあたまをカチ割ったときだって、別に丑嶋が三蔵より強かったわけではないのだ。だが、いまの丑嶋には考慮しなければならないことが多すぎる。柄崎がドジすぎて放っておけないということもあるが、彼は大型車輌のタイヤのように丈夫だから多少いいとしても、高田と小百合はいかにも心配である。このふたりの位置が、少なくとも甲児に知られている。丑嶋はその情報源が戌亥ではないかと考えているのだ。そして、そうなのだとしたら、そもそも甲児に情報をわたしたのは滑皮なのである。
丑嶋はまず戌亥に拳銃の値段を訊ねる。末端で200万くらいということで、丑嶋は高いなという。ヤクザがヤクザに売るときはもっと安い。互いに信頼があるから、出所が明かされることもないからだ。使用歴のある中古の拳銃なら30万くらい。旋条痕といって、発射された弾には傷がつく。少なくとも、二度目に使用されたときに出てきた傷が前のものと同じであったら、同じ銃による犯行ととらえられる可能性が高い。そうすると、つかまったときに前の持ち手がしたなんらかの犯罪まで背負わされることになる。
弾は1万。高いんだか安いんだか、日常生活に関係なさすぎてよくわからないが、アウトローの彼らの感覚からすると高いらしい。戌亥が「インクで儲ける家庭用プリンターと同じ」という、非常にわかりやすいたとえでこれを説明する。
丑嶋がほんとうに銃を必要としてこんなことを聞くのかどうかは、わからない。しかし、どうやらこのやりとりの目標は次にあるようである。丑嶋は、このやりとりも滑皮にチクるのかという。高田と小百合の住所を売ったのはお前だろと、ついに訊ねるのである。
そこで、戌亥は予想外にあっさりそれを認める。高田たちが殺されることはまずない。しかし丑嶋は、すべてしぼりとられたあと必ず殺される。
「友人としての最後の忠告だよ。
大切な人を本気で守りたいならこの街を出ろ。
丑嶋くんが意地を張れば死人が増える。分かってるだろ?」
「丑嶋くん。触ったらダメな人間もいるンだ。
それが滑皮と獅子谷だ」
戌亥は「友人としての最後の忠告」というが、この「最後の」は、どこにかかっているのだろうか。とりあえず、「友人としての忠告」が最後であることはまちがいないとして、それは、友人であることをやめるから(あるいはこの告白以後は友人関係維持が不可能であるから)ということなのか、友人関係は続けるがもう余計な忠告はしないということなのか。
ともかく、ふたりはそうして、別々の道を行くことになる。それを、豹堂とハナクソ先輩(巳池)が見ている。戌亥には尾行しているのがバレているが、別に気にしていないみたい。とりあえずこれで豹堂は、滑皮の情報源として優秀な戌亥と、加えて丑嶋の顔を認識した。
いっぽう、おそらく例の、獅子谷が主催している格闘イベントである。獅子谷の人気はものすごい。応援しているのは身内ばかりではあるまい。観客たちは獅子谷に「一撃必殺」とつけて騒いでいる。そして、なんと獅子谷じしんが試合に臨むのである。獅子谷はアッパーの一撃で相手を葬り、あっさり勝利。このとき、はじめて甲児の上半身が描かれるが、筋肉がすごいのは服のうえからでもわかったが、なにより肩から胸を経由して次の肩に届く「獅子谷鉄也魂」の文字である。こんなところでどうやら獅子谷兄のフルネームが判明したようである。
いろいろな業者がからんでいるふつうに大きなイベントだ。だが、控え室にいる選手たちはほとんどみんな獅子谷界隈のもののようだ。選手たちは、この後の打ち上げが本当の勝負だという。とにかくものすごい飲むらしい。で、飲み会の会場では、それなりに屈強である男たちがことごとくぶっ倒れて吐いている。気合いの入っているひとたちだし、ビールくらいじゃこんなことにならないとおもうが、なに飲んでるんだろうな。
獅子谷はやはり見た目通り非常に酒が強いらしく、試合後にもかかわらずまるっきりしらふである。一発ももらってないから、試合後とか関係ないようだ。そこへ、潜舵というメガネの男から電話がかかってくる。篠田という、物分かりの悪いキャバクラオーナーをぼこぼこにして、店をめちゃくちゃにしたところだ。客がふつうにいるところに乗り込んで暴れまくったらしい。そこかしこに首を斬られた鶏がころがっており、内臓が散らばっている。当然ケツモチがいるから、篠田はそういうが、獅子谷とケツモチのあいだではすでにはなしがついているようだ。いちおう表面的には、このキャバクラにスポンサーになってもらうということである。金をもらい、そのかわりに試合のパンフレットに店の名前を載せるのだ。
篠田の店には息のかかったキャバ嬢がいて、篠田が脱税で溜め込んだ3000万が家にあるということも潜舵はつきとめた。潜舵は特に指示をあおがず、すぐに強盗するから顔バレしてない人間を集めてくださいと、甲児にいう。そこで甲児が思い浮かべるのが丑嶋なのだった。
つづく。
最後の場面、丑嶋はひとりでうまい棒的なものを食べている。戌亥は駄菓子が好きだが、丑嶋はどうだかわからない。戌亥がすすめるときはたいてい食べていたが、いつだったか、お前ほんとに駄菓子好きなのな、みたいなことをいっていたから、これは戌亥の好みであると考えたほうがいいだろう。そういう丑嶋がうまい棒を常備しているとはおもえないので、わざわざ買いにいったものとおもわれる。うまい棒を常備していない丑嶋にとってのうまい棒は、戌亥といっしょに食べるものだったはずである。戌亥の丑嶋に対する感情それじたいには、不純物はない。ただ、彼らのあいだにはあまりに他人が多すぎる。大人に守られた子どもであれば、友人や大切なものとのあいだに他人を入れずにすますことはできるかもしれない。しかし大人になると、純粋な関係性というものは維持が難しくなる。年を重ねるにつれて、人間関係の網目は複雑になっていき、ひととひととは無関係ではなくなっていく。戌亥がそこに駄菓子を持ち込むのは、無意識的であるのか、あるいは計算であるのかはともかく、これは不純なものではないのだ、他人の入り込まない関係なのだ、ということの表示だったにちがいない。丑嶋もそれを受け入れていた。そういうことでかまわないし、そのつもりであるということが、駄菓子を受け取って食べるという動作は表明することになるのである。だから、戌亥のなかでは、丑嶋と親友でありながら、これの不利となるような状況を導くふるまいが矛盾しない。というか、そのようにじぶんのなかで決着をつけることで、「他人」がうごめく人間関係の網目のなかで丑嶋との友情を保ってきたのだ。
こういうふうにとらえると、まず丑嶋が戌亥の駄菓子を拒んだことには、当然のことながら戌亥にたいして構えていることが見て取れる。この場合、「駄菓子」をあいだに置くということそれじたいが媒介表現なので、その表現方法に今回はのる気がないということが示されている、といったほうがいいだろうか。丑嶋と戌亥の関係が、放っておいて純粋なままであるものではないことは、両者ともに納得しているはずだ。だけど、純粋なものとして保持したい気持ちもある。そこで駄菓子があいだに入ることで、一時的かつ偽装的なものではあれ、友情関係の枠組みだけはとりあえず立ち上がることになる。要は、ふたりはそれを経由して友情関係を演じるのである。丑嶋が駄菓子を拒むことは、彼の真意とは別に、その役を今回は演じない、ということになるだろう。したがって、彼は今回、友人としてではなく、知り合いのようなものとして、戌亥に対している。ところが、戌亥はあっさり高田の件を認め、それどころか、「友人としての最後の忠告」までするのである。これがなにを意味しているかは、書いたように微妙なところだ。友情関係がここまでであるから「最後」なのか、友情関係は続けるつもりだがもう余計な忠告はしないということなのか、わからない。しかし、余計な忠告をしない友情関係は、これまでのものとずいぶん変わってしまうであろうことはまちがいない。つまり戌亥は、高田の件をあっさり認める行為を経由して、彼らのあいだに他人が、無数の大人が入り込んでいることを認めると同時に、これまで純粋を装う友情関係は成立しなくなるということを理解しているのである。
そうして丑嶋が食べるうまい棒は、彼らの友情関係をこれまで成り立てていた枠組みである。これを「噛み砕いている」とみるか、それとも「かみ締めている」とみるかは、今後の丑嶋の行動によって変わってくる。戌亥が去り際に残したメッセージは、友情関係のもたらしたものである。丑嶋じしんは、高田の件を問いただすにあたって、この枠組みを拒んだのだが、それだけで済むところ、わざわざうまい棒を手に入れてこれを食べているところをみると、たぶん後者、「かみ締めている」なのではないかとはおもう。
そのメッセージとは、大切な人を守りたいなら街を出ろ、というものである。もはや丑嶋は、守るもののなかった中学生の丑嶋ではない。どんなふうに強がっても丑嶋は柄崎を見捨てられなかったし、高田や小百合はもっと心配である。おもえば竹本が回想の別れ際にいっていた「君は本当に優しい奴なんだから」というのは、こういうことだったのである。どれだけ強がって、冷血漢にふるまっても、丑嶋は最終的には柄崎を見捨てられない。高田と小百合も、別につかまっているわけではなく、ただ場所が割れているというだけなのに、それだけでもう万策尽きたような状態になってしまう。さすがというかなんというか、竹本は、丑嶋じしんさえ自覚のない彼のなにもかもが見えていたのである。
しかし、もちろん丑嶋が意地をはっているぶぶんはあるが、それよりも、逃げたとしてほんとうに高田たちは助かるのか、ということはじっさいあるだろう。責任を負うべきところ逃げ出して、甲児は、ここでも逃げ遅れた柄崎や、遠くにいる高田や小百合に危害を加えないと、ほんとうにいえるだろうか。だからこそ丑嶋は沈黙しているのではないだろうか。
今回は獅子谷サイドも熱い展開である。獅子谷主催のイベントは、UFCみたいな金網の舞台だが、みたところグローブがボクシング用のもので、指が開かないタイプなので、つかみなしの、打撃主体のもののようだ。靴もはいているように見えるので、キックもなさそう。ということは、彼の流儀であるボクシングが、ここでは行われていたようだ。
この試合で、彼は一発ももらっていないという。どれだけディフェンス技術に優れたボクサーでも、技を一発ももらわない試合というのはない。空手も、総合も、そのあたりは変わらないだろう。例外は、一瞬で試合が終わったときだけである。おそらくこの試合は、ゴングが鳴るなり獅子谷があの体格で振りぬいたアッパー一発で、開始4秒とかで終了したのである。甲児が高校生のときにやっていたアマチュアボクシングは、ヘッドギアをつけて、原則ポイントを競う。プロもアマも細かくウェイトを刻んでいるので、パワーの差というのはそれほど出てこないから、ボクシングはどちらにしても技術を競うスポーツとして非常に優れている。だがプロは、やっぱり試合で金をとって客を集めるので、派手にノックアウトしたいと考えるボクサーも出てくるだろう。獅子谷のイベントは、強さを競うというよりイベントっぽさが勝っている感じだから、計量とかそれほど厳密にはやっていなさそうな感じがある。K-1などが流行っていた時代、通常のスポーツ的興行では考えられないような体重差の試合が、おもしろいからという理由でよく組まれていたが、獅子谷くらいからだがでかくて筋肉もつきやすいタイプのファイターだったら、そういう試合もこなしていくことができるだろう。だいたい、暴力で裏社会を支配するネオシシックの会長が、見たところ台本もない真剣勝負にふつうに出るというのは、考えられない胆力である。つまり、それだけ自信があるということだ。たぶん、獅子谷ほどの体格のものが日本にはまずいないということが背景にある。それが、彼の「イベント向き」の勝利を実現している。
彼がアマチュアボクシングをやっていたことには、いろいろなことが感じ取れた。偏見とおもっていただいてかまわないが、彼らのような不良が「ボクシング」をやるとなると、だいたいのばあい、それはプロボクシングを指している。ガチンコファイトクラブでは不良たちがプロのライセンス獲得を目指していたし、ろくでなしブルースでも前田太尊はプロを目指していた。アマチュア、そしてインターハイという響きは、いかにも優等生的なのである。このあたりに、なにか、兄・鉄也の、表舞台での弟の成功を願う意図が感じ取れたのである。彼らは不良であることはまちがいないが、専制的な父親に対抗するかたちで、表舞台での成功を、鉄也は甲児に望んでいたのであり、そのためのサポートは惜しまなかったのである。
兄は死んでしまったが、甲児のなかにはいまでも息づいている。それは、「獅子谷鉄也魂」という文字になって胸に浮かび上がる。彼らの名前について考えたとき、甲児の「甲」という字には「兄」が含まれていると書いた。シシックは、鉄也の独裁体制で成り立ち、そしてそれによって崩壊した。つまり、成り立つと同時に崩壊がはじまっていた。甲児はもちろんその失敗から学んでいる。だがそれは、失敗したその方法を否定するように成り立っているのではない。それを含み、止揚するしかたで、新しいありかたを導いた。兄のありようは、弟を表舞台で成功させることと連動するように、裏舞台で活発に機能していた。兄は、裏側で弟を支えていたが、これは同時に、おもにモチベーションという点で、弟が表側から兄を支えていた、というふうに言い換えることもできるだろう。これが、合体するとどうなるか。甲児は、裏側のみで働くことのできた鉄也の方法を、表側で可能になるようにしたのである。その表象が、体格にものをいわせて一瞬で勝負を決めるこの「イベント向きの勝利」なのである。兄の暴力は、あくまで裏社会で、こっそりと行われてきたものである。しかし甲児の暴力は、ひとびとの評価を獲得し、表で使える金を生み出すものである。負けたら会社の迫力にひびが入るような試合に自ら出陣するからには、甲児には自信があった。それもそのはずで、あんなにでかいボクサーというのはまず日本にはいない。ただ大きいだけの、たとえば空手とかプロレスとかの別のファイターをもってきても、ボクシングルールではアマチュア出身の甲児にかなうわけがない。甲児が強いことはたしかなのだが、そして技術的にもそれなりのものがあるにはちがいないのだが、おそらくそれと同時に、彼は、誰も反論ができないような勝利をしっかりもたらすことのできる環境づくりにも努めているはずである。なぜなら、そうすることで、兄の方法は表舞台のものになるからである。依然として獅子谷の暴力は裏社会で有効であるが、彼はそこに、表社会からの評価を加えることで、兄を一般化、「陽化」し、包摂的に新しいシシックを築いたのである。
甲児と潜舵とのやりとりもおもしろい。甲児が彼を信頼しているとみることもできるが、こういうところがたぶん、彼が兄から学んだことだろう。篠田が金をもっていると知った潜舵は、甲児に電話する前からもう強盗をする気持ちを決めており、電話ではひとを集めるはなしにまで進んでいる。これは要は、現場での判断を任せているということなのだ。
その強盗ということで思い浮かぶのが丑嶋であるというのも、なにか甲児のこころのひっかかりみたいなものが見えて興味深い。顔の割れていない不良なんてたくさん知っているだろうに、まず思いつくのが丑嶋なのである。彼の丑嶋へのこだわりはふつうではない。戌亥は、滑皮と獅子谷を触れてはいけないというが、どっちかっていうとこだわっているのはあっちのほうなんだよな・・・。
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