スピリッツ掲載「肉蝮伝説」 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

今週、というか先週のスピリッツには27日からウェブ連載がはじまったウワサの肉蝮伝説がちょっとだけ掲載されているぞ。肉蝮が刑務所で、前を通ったというだけでヤクザの耳をちぎってしまうところからはじまる。そのヤクザ、田瓶の弟分である伐田という若いヤクザが、おそらく語り手ポジションになるであろう有麻という男に肩って聞かせているのだ。じぶんがこれから肉蝮をシメるのだと。で、タイミング的にあわせたということなのか、肉蝮はいままさに出所しようとしている。罪をつぐなって出所するというのに、なぜか房のまわりには重装備の警官がたくさん集まっているが、肉蝮は上機嫌でひさびさの例の上着の感触を楽しんでいると、そんなふうにはじまっていくのであった。

 

 

 

 

ちょっと前までうしじまきゅんという、ゆるい4コマのギャグ漫画がやっていたせいもあって、肉蝮伝説の広告などを見てもギャグなのか本編みたいなシリアスなのかわからなかった。しかし冷静に考えるとそれは不思議なことである。広告というか、先行公開された肉蝮の絵は、別にギャグ絵ではなかったし、うしじまきゅんみたいにデフォルメされた感じもなかった。真鍋先生の絵ではないけれど、ほぼそのままの肉蝮である。しかるに、ギャグかシリアスか判定できない。そんなことがあるだろうか。うしじまきゅんの場合でいうと、ちっちゃくなった社長を見ただけで、どれだけ社長が深刻な表情をしていても、それがどういう漫画かひとめでわかる。だとするなら、本家に近い、というかただ他のひとが書いているという点だけ異なっているとおもわれる肉蝮を見て、わたしたちはそれをシリアスだろうと即座に判定してよいはずである。でもそうならない。ということは、本家の肉蝮からして、すでにギャグ的要素が含まれているのである・・・というのは早計で、漫画のジャンルというのはシリアスとギャグだけではないし、これが別に肉蝮の半生を描いた文学的な作品であったり、火星からやってきた侵略者と肉蝮がマイフレンドになって、肉蝮はそれと知らず地球を火星から守り、火星人は火星人で恐喝のノウハウを肉蝮から学ぶ、とかいうはなしでもよいわけである。ひょろひょろのタコな火星人をいじめるへんなヤクザを肉蝮が二つに折りたたむ、とかいう展開があったっていい。たいていのウシジマくんのキャラであれば、それがそうではないことはすぐわかる。しかし肉蝮は、なにかどれでもいけそうな感じがしてしまう。それというのは肉蝮の肉蝮性みたいなものが先天的なものだからである。教師とか警察とか、権威的なものへの反発から不良になり、悪の道をすすむアウトロー、あるいは逆にアウトロー的なものを毛嫌いして、遊び呆ける同級生を横目に歯を食いしばりながら勉強を重ね、東大から一流企業にすすむエリート、そのどちらも、そのありようは後天的なもので、その価値も相対的なものだ。たとえば滑皮が一枚の絵で描かれるだけで、はじめてみるものもそれが少なくともカタギではないということを認識するはずで、なにかその道を選んだ決意のきっかけとか、要するにドラマ性を、すぐに感じ取ってしまうものである。しかし肉蝮にはそれがない。反発とか、妥協とか、そういう外部的な要素が肉蝮を肉蝮たらしめているのではなく、彼は生れたときからそうなのである。だから、書き手が異なるとはいえ、ふつうに描かれている肉蝮を見ても、それがどういうはなしなのかわからない。なぜなら、そこに至る道に、劇的な要素がないからである。ヤクザの皮を剥いでも、それが彼をより彼らしくするということはない。ただしたいことをしただけなのだ。だから、逆にいえばそのエピソードがなくても、肉蝮は肉蝮のままである。

 

 

というわけで、肉蝮のストーリーを描こうとしたらけっこう繊細な作業になる。なんというか、屈託がないのである。なにも考えてないといえばそうだし、それにしては狡猾っぽい感じもある、そういう、一般人の理解を絶した男なのだ。加えてあのファンタジー的腕力である。極真会館創始者の大山倍達は非常に強い指の力で、十円玉を折り曲げることができた。稽古においては指立て伏せを行い、腕立て伏せにかんしては人差し指だけで、また人差し指と親指での逆立ちなどもふつうにできたようである(本によっては親指だけだったりしてまちまちである)。極真会館のブラジル支部では、二段の昇段審査においてこの二本指の逆立ちが行われるそうで、鍛錬を積めば常人には不可能という技ではなさそうだが、いずれにしても強い握りが突きの威力を正確に伝えるという点で、指の力を鍛えることは意味がある。しかし肉蝮は小指の、しかも片方の手だけでそれをやってしまう。大山倍達を漫画的に強化したキャラである『餓狼伝』の松尾象山でさえ、小指の逆立ちには両手をつかっていた。これは肉蝮の高い身体能力を示すとともに、彼の際限のなさも描き出していた。この描写のとき、彼は鼻血を出していた。つまり、明らかに無理をしているのである。じっさい、小指一本で立とうとしたら、もはや指の力なんか関係なく骨がぽっきり折れてしまうだろう。これがおそろしかったのは、肉蝮はそれを誰かに見せているわけではなかったということだ。じぶんがどれだけ高い身体能力をもっているか、脅しをきかせている相手に見せているわけではなかったのである。小川純の部屋で暇つぶしにやっていただけなのだ。つまりこれはパフォーマンスではない。にもかかわらず、そんなことを鼻血出しながらやってしまう。なにも考えていないといえばそうなのかもしれないが、同時に、誰もしようとしない小指逆立ちを、なにも考えず実行し、痛みの実感もあるのかないのか不明なまま、達成してしまう、そういう狂気とそれを支えるファンタジー的にしてナチュラルな肉体が同居するのが肉蝮なのである。肉蝮という存在が先天的なものである、という文脈でいえば、小指で逆立ちしたら折れそうというような思いこみも実は常識的な人間の学習の結果であって、じっさいに折ってしまったり、または折れているところを見たことがあるというひとは少ないだろう。しかし、長くじぶんという人間をやっていて、その動作範囲とか限界みたいなものを知るにつれ、そんなことしたら指の力以前に骨が折れる、ということを直覚するようになる。しかし肉蝮にはそれがない。それは、学習をしないということと同時に、そんなことをしなくてもよい強い肉体があるからである。彼が常識はずれなことをするのは、そうしようとしてそうなっているのではない。くどいようだがパフォーマンスではないのである。

 

 

今回の事件の発端はヤクザが前を通ったということのようだが、刑務所でふつうに生活していたら、そんなことはいくらでもあったはずである。でも、これまでは耳をちぎったりしなかった。これもまた理由なんかない。ただそのときはそうしたいとおもったからしただけなのである。相手がヤクザだから、ヤクザが嫌いだからやったとか、そういうことでさえおそらくないのである。

 

 

 

前も書いたように、ウェブ連載にかんしては継続して読むという習慣がないので、今後の感想はどうするか不明です。たぶん書かないとおもうけど・・・。期待しないでください。

 

 

↓以下で1話掲載。スピリッツ掲載分は半分くらいだったみたい。大暴れしとるがな。

 

http://yawaspi.com/nikumamushi/comic/001_001.html