第426話/ウシジマくん⑫
丑嶋が獅子谷弟一派に包囲されている現在からおよそ10年前、少年院を退院した丑嶋が竹本を呼び出したところである。
竹本は前回車の後部座席からおりてきたが、運転手つきの車ということらしい。なんでも祖父が生前贈与してくれたお金を元でにして服のブランドを立ち上げたというのだ。いったいどういう経緯だそれは。まあヤミ金くんで出てくる前に竹本がそれなりに稼いでたとしても不思議はないわけだが・・・。
用事としては丑嶋が預けていたうさぎである。鰐戸にさらわれた加納を救うために柄崎と出発した丑嶋は、現場に向かう前に竹本優希に大切なうさぎを預けていたのである。預けていたうさぎはなぜか2羽に増えている。優希はそれをうさこと呼ぶ。うーたんがさびしいとおもって嫁を入れたらしい。二人仲良く並んで、もそもそ葉っぱ食べてる。丑嶋は特に感想を述べず、黙ってそれを見ている。これがいまのうさぎだらけの丑嶋邸につながっていくのだとしたら、この子たちが彼らの始祖だということになる。丑嶋はうーたんを母親の形見として大事にしてきたが、それをつがいにするとか、繁殖させてうさぎを飼うということじたいを持続させようとかは、考えてなかったのかもしれない。というか冷静に考えるとうーたん結構長生きだな・・・。
今回のウシジマくんというおはなしは、丑嶋馨がいかにして現在のウシジマくんというものになっていったのかということが描かれるとおもわれる。しかし、そんなウシジマくんでも、生活のうさぎがかかわるぶぶんは聖域であるようだったし、ハードな日々もうーたんたちの動画を見るだけで癒される。丑嶋がウシジマであるために生じる必然的な齟齬を微調整するのが、うさぎたちなのである。けれども、もし丑嶋がうーたんという個別のうさぎに母親の面影を見出すのみで、繁殖をさせなかったら、この微調整を行う構造は現在なかったかもしれない。とすると、ウシジマが成立していなかった可能性もある。
竹本優希もまた、ウシジマと丑嶋の共存にかんしては重要な人物で、当ブログでは丑嶋はおそらく優希にシンパシーを感じていたのではないかと推測してきた。ひとことでいえば、丑嶋と優希は似ているところがあるのである。その優希が丑嶋には無断でうーたんに嫁をあてがい、のちのうさぎ王国の準備をしたというのは、なかなか感慨深いものがあるのである。
うさぎを家において、ふたりはしばらく散歩したようだ。また連絡してといって、優希は去っていく。
闇金の海老名店長に連れられて、柄崎と加納はグループの社長である獅子谷の待つキャバクラにむかうところである。だがその前に海老名は、獅子谷のことをまだあまり知らないふたりに注意をする。くれぐれも社長の前で失礼のないようにと。社長もそうだし、今日はいないみたいだけど、弟の甲児も変なタイミングでブチギレるから注意しろと。海老名もそうとう悪人だけど、まだはなしのわかる人物のようである。前回も罪悪感を抱えているらしい柄崎に、割り切るようにいっていた。だが、人格的にどうこうというよりも、これはそれだけ獅子谷が怖いということでもあるだろう。
待っていた獅子谷兄はぱっと見好人物である。細部は現在の獅子谷弟とよく似ている。というか、まったくいっしょだ。黒い半そでの服で、同じネックレスをしていて、たぶん入れ墨の柄もいっしょだろう。ただ、(現在の)弟よりかなり小さい、というか細い。腕っ節でどうこうというタイプではないのかもしれない。そんで目がぱっちりしていて、入れ墨や服の趣味をふつうにしたら仕事のできる営業マンみたいになりそう。
獅子谷のグループはシシックという社名らしく、海老名の店はそこで今月の売り上げ1位になったらしい。同時に弟が格闘技の大会で優勝したらしく、ご機嫌な兄はみんなをお祝いするつもりだ。空腹なら寿司をとればよいし、女の子を持ち帰ることができたらホテル代まで出すと、気前のよさを見せている。が、それまでのハイテンションがすっと落ち着いて、正面あたりに座っている鯖野という別の店長にからみだす。売り上げ最下位は床に正座だろ、なに座ってんのと。ということは、このお祝いの場所には売り上げ1位と最下位の店長が呼ばれているわけである。柄はちがうが、鯖野は現在の獅子谷たちが着ているものと同じくモンモンモンスターと書かれた服を着ている。獅子谷グループのユニフォームなのだろうか・・・。
売り上げが先月の半分だという鯖野のところもそれなりにたいへんなようだ。鯖野は鯖野なりに手をつくし、新しい名簿屋からリストをもらったりしているが、貸付も回収もうまくいかないと。獅子谷は鯖野にむぎ焼酎を二回も一気させる。
獅子谷は鯖野にとっての客とは誰かと訊ねる。もちろん、鯖野は金を借りにくる連中と応えるが、獅子谷のこたえはそうではない。金主だという。サラ金は銀行から低利で融資を受けて10倍の金利で貸し付ける。高利貸しは小金持ちの地主や医者から借りる。そして闇金は、なにか違法なことでもうけている金主の汚れた金を借りる。そういうシステムになっている。だから、鯖野は獅子谷のために必死にならなければならないし、鯖野は、従業員たちが鯖野のために必死になるよう教育しなければならないと。
鯖野は言い訳をする。口をすっぱくして教育してるけど、優秀な店員はすぐ独立していなくなっちゃうから、店にはろくなやつが残っていないと。ふーん、アウトローでもそういう事情は同じなのね・・・。
しかしいかにも言い訳くさいこんなことを獅子谷の前でいうべきではなかった。獅子谷はうまいというなにか食べ物を箸でで出して、鯖野に食べさせようとする。こんな状況で餌でもあげるみたいに食べ物が出てくるわけないのに、鯖のは反射的に舌をだして口をあけてしまう。それを真下からアッパー。鯖野は舌をかんでしまう。ちなみにこのときの獅子谷の殴り方は、素手のものではない。もともとアッパーにあたる下突きという技は空手などの技術にはなかったのだが、それは、素手の場合基本的には人差し指と中指の根元の関節にあたる拳頭をつかって殴るからである。他にもフックなどのパンチもグローブありきの技術で、フックやアッパーの軌道で拳頭を当てようとするとかなり接近しなくてはならないので、素手の技術としてはあまり合理的ではないのである(そのかわりに、似たような軌道のものとして空手には手刀や孤拳などの古い技術がある)。ケガを予防し、正確にちからが伝わるよう、手首がまっすぐになるようにしようとすると、たとえばフックだと掌側を体に向けて打たなければならなくなるし、そうするともうほとんど密着したような距離になる。フックの場合はほとんど裏拳をつかうような角度で用いられたり、顔面殴打禁止などのさまざまなルールによる競技化を経て、素手のフックやアッパーも洗練されていき、いまではふつうにつかわれているが、とりあえずもともとはそうだった。で、獅子谷のアッパーはグローブをつけているときの殴り方にかなり近い。戯れに伸びたような拳とはいえ、逆にいえばそのぶん反射的な打撃だろうし、獅子谷はボクシングかキックボクシングのような重いグローブをつけた格闘技の修練者なのかもしれない。
言い訳ばかりで聞く耳もないなら耳もいらないなと、同時掲載の肉蝮伝説と同じようなことを言いながら、獅子谷はマドラーを鯖野の耳にいれようとする。獅子谷からすれば、鯖野はじぶんのために言い訳なんかいわず必死にならなければならないはずだし、鯖野の部下がどれだけ使えなくても、鯖野はそういうふうに教育をしなければならない。それを理解していないということなのだから、聞く耳がないというのである。鯖野は必ず1位をとると約束するのだった。
それから一ヶ月がたったということだろうか。獅子谷からの着信に鯖野が震えている。しかしそれは祝福の電話である。鯖野が売り上げ1位になったからお祝いをしようというのだ。よくがんばったらまめに誉めてお祝いをするというのは、獅子谷もよくできた上司なのかもしれない。よくできた上司は不出来な部下にアッパーをくらわせたりしないとおもうが、それはまあアウトローなので・・・。
獅子谷がいるのは現在の獅子谷道場によく似ている場所だ。近くには海老名もいて、鯖野が約束を果たすことができてホッとしている。海老名が意外と気の利く人物ということもあるし、先ほどと同様、それだけ獅子谷がおそろしく、明日はわが身という感覚があるからだろう。
しかし、鯖野が震えていたのは獅子谷が怖かったからというだけではなかったようだ。売り上げを上げるために従業員を追い込んだら、事務所で自殺してしまったのである。よく見えないけどどうなってるんだろう、上のほうから伸びている電気のコードを首にぐるぐる巻いてしまっている。
獅子谷は即座に指示を下す。応援に人を出すから、携帯をすべて破棄し、帳簿等の書類を持ち出して事務所を空にしてから警察を呼べと。鯖野はどうなるのか、通報だけしていなくなるということなのか、残るとしたらなんと説明するのか、よくわからないが、とりあえずそれで大丈夫なようだ。獅子谷は死んだ従業員に保険金かけとけばよかったな、などと笑いながらいう。そして、この教訓を生かし、海老名の前で、柄崎や加納にもかけとくか、などというのであった。
つづく。
だいぶはなしが進んだが次号は休載。3月6日発売号から再開ということです。
まだ獅子谷兄のイメージは輪郭を結んでいない感じだが、とりあえず抜群に仕事ができる人間であることはまちがいなさそうだ。
獅子谷のいっていた、闇金の真の客は金主というのは、どういう発想だろうか。これは、債務者も含めて、彼らは金主からはじまる金の移動のシステムに組み込まれているということかもしれない。債務者が必死で闇金に金を返すように、闇金は金主に必死で金を返す。また、獅子谷グループのいち店舗の店長である鯖野は、獅子谷から借りた金で店を運営しているのだから、この流れでいえば同様にして必死に獅子谷に金を返さなければならない。この金の運動ぜんたいで見れば、獅子谷は真の客は金主であるとみずからがとらえて実践することで、鯖野に売り上げアップを要求することができるし、また債務者から容赦なく取り立てることが論理的には可能となる。清貧を社是とする会社の社長が豪華な生活をしていたら説得力がない。しかし社長みずからがそれを実践するのであれば、会社に所属する以上、社長がそれを部下たちに求めることに矛盾はないし、部下たちもそれに応えるようになるだろう。そうとらえるとこれは、獅子谷が暴力で鯖野を屈服させたり、間接的に理不尽な取立てをくりかえしたりすることを正当化する文脈であるといえるかもしれない。しかしだからといってそれは、金主が真の客であるということにはならない。客とはなにかというと働く人間の数だけ定義がありそうだが、広い意味でとらえればそれは「ゲスト」である。テレビのバラエティ番組やディズニーランド的な響きでとらえてもよい。つまり、やりとりが成立しているときにその場を訪れている、常在ではないもののことである。通常の意味では、客というものはなにか必要があってホストを訪れるものであり、ホストはそれに応えようとする。たとえばこれが小売店だと、競合店などの文脈もかかわってくるから、そこにはサービスも発生し、ゲストの意味は最初のものとはかなりずれてくる。まずゲスト側の必要があって取引ははじまるのだが、競争の場面ではゲストはそのホストでなくてもかまわないことになるので、立場はずいぶん変わってくるのである。そうしたあとで、ホストはゲストを「それがなければじぶんたちが成り立たないもの」ととらえる余地が出てくる。現実には、個々のゲストにかんしてはそうともいえないのだが、ゲストという概念全体にかんしていうと、それは当然そうなる。客がひとりもこない小売店は、存在を持続させることができないのである。もともとのゲストの概念でいえば、そもそも客がぜんぜんこないということは、「必要」が生じないということなのだから、取引の発想じたいが出てこない可能性が高い。誰も必要としないもの、消しゴムのかすとか、抜け毛とか、そういうものを集めて商売を始めようとするものはいないし、いたとしても、なぜ客がこないのだろうとは疑問におもわないだろう。まず「必要」があり、そののちに、それで商売をしようという発想が出てくる。そして、「必要」がある以上、ゲストは必ずいる。だから、ゲストにかんして「なくてはならない」という感想が出てくるという状況は、そこに競争の原理が組み込まれたあとなのである。
獅子谷のセリフにかんしていうと、銀行や高利貸しの例を引いたあと、じぶんたち闇金が出てきて、だから闇金は必死で金を返す、というふうにいっているが、この「だから」というところが微妙によくわからない。闇金の金主は、悪いことをして儲けている連中で、そこから借りる金は表に出せない金だ。“だから”、そういう汚れた金ははやく返してしまいたいと、そういうふうにも読める。しかしそれをいったら、闇金じたいが違法であるわけで、仮にそういう意味だとしてもちょっとわかりにくい。丑嶋はおそらく、1巻に出てきた金主の金をすべて返済し、現在は社長じしんが資金を出しているのではないかと想像できるが、そういうことも踏まえると、獅子谷のいう「必死になって返す」というのが、丑嶋のように全額返して縁を切るということなのか、それとも債務者が延々と返し続けるような状況と同じようなことを指しているのか、そのあたりも混乱する。だから、獅子谷がほんとうにいおうとしたことは、実はよくわからない。だが金主を客と呼ぶ意味にかんしては、いま見たように、おそらくこの「それがなくては存在できない」ということではないかと考えられる。金主は資金を提供するが、提供しない自由もある。小売店のお客がその店をやめて別の店に行くように、金主は獅子谷に金をわたさないという選択をすることもできるのである。
闇金は金主がいなければ存在することができない。これは真理ではないが、獅子谷の真意はおそらく別にある。それは、最初に見たように、彼が金主を客と規定することで、彼は鯖野や債務者に対して客になることができるのである。彼が金主を言葉のうえだけでも客ととらえれば、鯖野は同じように獅子谷を客ととらえて必死で「サービス」しなければならなくなるし、債務者も同様に鯖野に「サービス」しなければならなくなる。なぜなら、獅子谷は別に鯖野でなくてもいいのだし、鯖野もその債務者でなくてもいいからである。ほかに金を借りることのできない債務者は、たいていの場合選択の余地がない。その闇金に見放されたらどこからも借りることができない、そういう連中である。しかし鯖野(獅子谷)はそんな、返ってくるかどうかもわからないものに金を貸す義務はない。選ぶのは闇金側であり、金主側であり、ホストはサービスを重ねて、具体的には返済を怠らないようにして、ゲストを引き止めるほかないのである。こんなおもしろい発想は僕もいままでしたことがなかったが、道徳的にどうであれ、こういう原理を考えつくことができるというのは、やはり獅子谷のキレものっぷりがあらわれていると見ていいだろう。
優希はほんの数コマで退場してしまったが、この感じはまだもう少し出番があるかもしれない。服のブランドを立ち上げたって、なにかハブの気配がある感じだが、数年後にはホームレスになっているのだから、激動の人生である。優希も丑嶋同様、ゆずれないものがあり、それは丑嶋との出会いを通して形成されたものである。うーたんは丑嶋が母親を好きだとおもうことの象徴であって、それを受け取ったとき、優希はひとを好きになってみようと決心したわけである。これが、なにがあっても揺るがない優希の思想を形成した第一歩となった。そう考えると、うーたんは優希にとっても重要なものだ。丑嶋にとってみればうーたんは、ウシジマであることを休憩できる、素の時間の表象であるが、優希では愛を語るあの竹本優希が生れたきっかけであるのだ。
今回は例の肉蝮伝説が同時掲載されている。本編はウェブ連載なので、本誌掲載は今回だけだろう。タブレットとかもってないし、パソコンもブログ更新するときくらいしか開かないので、ウェブ連載のほうを読むかどうかはまだ決めていないが、とりあえず2,3日以内に今回のぶんの感想は書くつもりです。
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