第127話/それでいい
酒瓶で頬を裂かれ、ピース缶を顔の真ん中に叩きつけられて、刀を抜ききることなく、武蔵が倒れる。本部はそこになぜか煙幕玉を投げつけるのだった。
加藤とか、観客のみんなは、「爆薬!?」という具合に驚いている。これだけ盛大に破裂しているので、近くで受けたら多少のやけどはあるとおもうけど、煙幕玉は基本的に視界を奪う攻撃で、じっさいにダメージを与えるようなものではないような感じがある。ただジャック戦とかの本部の反応を見ていると、破裂音とか、それこそ多少のやけどとか、総合的な武器のような感じもないではない。たとえば、花山がスペックに銃弾でやられたみたいに、口のなかにこれをいれられたら、それなりに大きな損傷をしてしまいそう。詳細は不明だが、破裂によって、その衝撃の外側にいる人間にダメージがいくことを前提として設計されてはいないが、決してないわけではないし、基本的な目的は視界を奪うことだとしても、そこにその他もろもろを含めて、煙幕玉という攻撃ということではないのかとおもわれる。
いずれにせよそれは爆薬で、とても危険な攻撃だ。まだすぐ近くにいた光成があわてて観客席のなかに退避する。
バキ的には、さきほどの毒も、この爆薬も、「ありか?」というレベルの、想像もつかないような技術のようである。しかしそれはもうどうでもいい。卑怯でもなんでもいい。とにかく生き延びてくれと、バキは願うのである。ふつうに考えて、相手の用意している武器がせいぜい日本刀であるという状況で毒や爆薬ということになると、ルール上制約はないとしても、ちょっと遠慮していただけないか、ということになりそうである。子どもたちが10円20円のレベルで苦心しながらなにを買うか迷っている駄菓子屋に、万券でぱんぱんにふくれた財布をもったクソガキがあらわれて「ここにあるのぜんぶ」とかいってる感じだろうか。いや、お金を払ってくれるんなら、規約のうえでなにも問題はないのだけど、ほかの子どもたちに少しは配慮してくれないかなと。ふつうはそうなる。が、相手を武蔵としたばあい、そうならない。けっこう展開を甘く予測しがちなバキでさえ、本部に「生き延びてくれ」と願ってしまう、つまりこれだけやってもまだ勝ちの兆しさえ見えていないのである。
本部が煙の中から、例の分銅のついた鎖で巻き付けて刀を取り上げる。本部にも武蔵の状況は見えていないはずだから、倒れた位置などを記憶しておいて、煙を出してからわりとすぐ鎖を放った感じだろうか。
かんたんに刀がとれたことに本部は疑問を感じる。「命」と見立てたハズの剣を・・・って、どういう意味だろう。五輪書とかにそういう文章があるのだろうか。検索してみたけど、映画でそういうセリフがあるらしく、しかもそれは原作である吉川英治の小説にはないものらしい。それともバキ作中でそういうセリフがあったかな・・・?
いずれにしても、武蔵は意外とかんたんに刀をはなしてしまうし、別にそれを気にすることもない。刀はそんな不便なものじゃないから・・・というのは登場したばかりのころの武蔵がいっていたことだが、武蔵にはイメージ刀もあるし、なんなら、いまだに正体不明の奥義・無刀もある。本部は刀をとったことによる見た目には明らかな有利を過信しないほうがいいだろう。
煙のなかから武蔵が咳き込みながら出てくる。ふたりが向き合うまで36秒、うかつなファイターならそこで武蔵に攻めかかってしまうかもしれないが、慎重に距離をとる本部は、どのような行動にも出ることができない。煙幕は刀を奪うためのものだったとしても、それも、近距離ではできない、あるいは危険であるという判断から、このようにおおげさな行動になってしまっているわけである。どんなにかんたんに見えることでも油断せぜ、大事をとって、全力で対応しているわけである。
酒瓶であんなに強く殴られ、ダメ押しで顔に丸いあとがつくくらい缶で殴られている。ふつうなら救急車ものだが、武蔵はせいぜい「やれやれ・・・」というところである。
武蔵はここでアキレス腱へのダメージを確認する。断裂したり痛めたりはしていないようだ。となると、あのときのあれは、やっぱり武蔵がじぶんから飛んだのだろうか。表情からはそう見えなかったが・・・。そして、だとすると、あれは本部のシナリオ通りではなかったということになる。もしあのとき武蔵の左足を壊すことができていたら、本部はかなり有利になっていただろう。でも、だとしたら本部はどこであの毒入りのタバコや酒をすすめるつもりだったのか・・・。アキレス腱切れてものすごい痛がってる武蔵は、果たしてタバコにつきあってくれるだろうか?
まあ、毒にかんしては、用意している無数の方法のうちのひとつに過ぎなかったのかもしれない。展開次第では、使わなかったかもしれないし、もっと使うにふさわしい場面が出てきた可能性もある。その場その場でいろいろ対応できるよう、本部も考えてきたはずだ。たまたま、あそこでいい具合に武蔵が座って、休憩するような感じになったから、出し惜しみせずやってみたと、そんなことなのだろう。
本部が刀を抜く。刀の使い手である武蔵がそれを奪われ、武蔵ほどではないにしてもそれなりに使えそうな本部がそれを手にしている。それなのに、本部は出ることができない。武蔵の占めている射程範囲というか間合いが、刀をもった本部を上回っているようなのだ。じっさいに刀を手にしていなくても、武蔵はそれをイメージで作り上げることができる。が、それだけではこういうことにはならないだろう。ふつうの素手の格闘技でも、体格で劣りながら、テクニックやスピードで相手を上回り、実質的には広い射程をもっている、というようなことはあるだろう。武蔵は、遠くにいても、そして刀をもっていなくても、こわいのである。
本部が刀を持ちかえて投げる。柳の太ももにふかぶかとささった痛そうな刀の描写が思い起こされる場面だ。が、武蔵は回転して飛んでくる刀をあっさり受け取る。続けて、いかにもそれらしく、鞘だけ残しておいても武器にもならない、とかいいながら、本部が鞘も投げて寄越す。ちょうど差込口が武蔵のほうを向いている状態で、鞘がまっすぐとんでいく。武蔵はこれを刀で受け止める。キャッチすると同時に納刀してしまったのである。この動きじたいはかっこよかったし、それまでの流れもあって、武蔵としては自然な行動だった。しかしこれは本部の罠である。鞘を投げる直前、背中に手をやっているようなコマがあるが、おそらくそのときに、鞘のなかに火薬かなにかを仕込んだようだ。納刀するなり鞘がこっぱみじんに爆発してしまったのだ。
武蔵もこれは擬態とかぬきでびっくりしているっぽい。ダメージを受けてもそれを表に出さず、余裕ぶるのは基本的なことではあるが、さすがにこれは予想していなかっただろうし、なにか叫びながら丸くなってしまう。
そこに本部の分銅鎖がとび、裂けてまだ出血している頬の傷口を襲う。興奮しっぱなしのガイアは、さきほどあたまに思い浮かべた「それでいい、ってかそれしかないだろ」という妙に上から目線なセリフをじっさいにくちにしながら歓喜するのであった。
つづく。
武蔵は史上最強の刀の使い手である。少なくともわたしたち現代人はそう認識しているし、武蔵も、わたしたちがそう認識していることを知っている。本部が今回用いた戦略は、相手の認識の裏をかくけっこう高度なものだろう。武蔵としては、じぶんは近距離の刀をもったたたかいならぜったい負けないという自負があるだろうし(よく油断するけど)、本部たちもなによりじぶんの刀の攻撃をおそれているということを知っている。となれば当然、本部たち(烈もそうだった)のとる戦術は遠距離型、もっといえば投擲が基本になる。そういう前提がまずあって、どのような投擲も不自然ではなくなる。それに加えて、本部はたんに、たとえば手裏剣のような、それが目的となった飛び道具で攻撃するばかりではない。タバコの缶だって武器にする。なんだって投げてくるのである。武蔵は、それがどんなものであれ、飛び道具はほぼ無効であるということを当然示していくことになる。回転しながら飛来する刀を、横に跳んでよけるくらいのことなら、ほかのファイターでもできるかもしれないが、さすがにあれをキャッチするのは、リスキーでもあるし、なかなかできることではない。それをあえてするのは、そんな攻撃はなんの意味もない(それくらいじぶんはすごい)ということを示したいからである。げんに佐部はちゃんとそのことに驚いてくれている。
本部は、そうした武蔵の心理を把握している。とんでくるタバコを、よけるでも弾くでもなく、わざわざ人差し指と親指でつまんでみせるのは、そうした余裕の表現であるということを、本部は見抜いている。鞘の爆薬にかんしては、ふつうに鞘をキャッチして納刀しただけでも爆発した可能性はあるが、同様にしてある程度の衝撃がないと爆発しなかったのではないかともおもわれる。差込口を武蔵のほうに向けて投げているのは、武蔵がそうすると、あえて曲芸的なしかたでこれをとり、余裕を表現するにちがいないとわかっていたからではないかとおもわれるのである。
というわけで、心理戦では本部が一枚上手のようである。が、疑問なのは、そうして爆薬を仕込んだ目的はなんなのか、もっといえば、なぜせっかくうばった刀を返してしまったのかということである。
極端なことをいえば、刀を奪ったならすぐに警戒しつつも客席の最上部にでも駆け上がり、どうやるのかわからないが、ありったけの爆薬をいろいろアレして、刀そのものを破壊するようにしてしまえば、煙が晴れて武蔵が出てくるころには、金重がもうこの世に存在しないという状況にできたかもしれないのである。金重があまりにも「いい刀」すぎて、爆薬なんかでは壊れない、という可能性はある。現に、鞘のなかに仕込んでいた爆薬は、鞘を内側から木っ端微塵にする破壊力で、刀もそれに接触しているはずなのに、見たところダメージはなさそうなのである。しかしそれなら、隠すとか、ガイアに預けて逃げてもらうとか、いろいろありそうなものだ。
となれば、この刀を奪うという行動は、返すという行動こみだったことになる。奪って無力化する(丸腰でも武蔵はピクルに匹敵する強さだが)ことが目的ではなかったのである。とすると、合理的な本部の選択であるわけだし、「刀を奪って返すこと」は、たんに「刀を奪うこと」より大きな効果をもたらすにちがいないという算段があったことになる。論理的にそうなる。これが花山とかだったら、あのひとは勝ち負けとかいう以前の、生き方の美学があるから、別の理由が考えられるけど、本部ではそういう“非合理な”選択はちょっと考えられない。そんなことをいっている余裕もないだろう。
といいつつも、河豚の毒の件もあるし、本部の「守護」は自己実現のたぐいである、という見立ても、それなりに有効である。本部のいう「守護」は、目的ではなく、武蔵に対応できるものとしての使命感の結果である、ということは前にも書いた。だから、本部が丸腰の武蔵を「宮本武蔵」として認めない可能性はある。「宮本武蔵」が消失してしまえば、生まれてはじめて真価を発揮している「本部以蔵」という価値も消失してしまう。武蔵が刀を帯びてあらわれたから、本部の実戦柔術もほんとうの価値を発揮できるのだ。そして、身につけた技術をはじめて解放する、身体への祝福という点でいえば、「宮本武蔵」には存在し続けてもらわなければ困る。丸腰の武蔵では、勝とうと負けようと、どちらにしろ意味はない。そのとき敗北しているのは、いまの「強い本部」ではなく、横綱の小指をとってまけたわたしたちのよく知っている「強くない本部」なのである。
その見立ては有効だが、ここではそれを放棄して、本部を超合理的な人物として想定して考えてみることにしよう。つまり、刀を奪って返すことは、ただ奪う以上のものを戦局にもたらす、ということである。
くりかえすように、本部のこの爆薬攻撃は、武蔵の心理を読んだ結果である。武蔵がある種のパフォーマーであり、そんなぎりぎりのことをしなくても、というようなリスキーなことをあえてすることで、余裕を表現してみせていると、そういう解釈があって、本部の攻撃は想定されている。そしてこれが成功したことは、さすがに武蔵にそのことを伝えるだろう。一種の余裕の表現として、曲芸的に、タバコをつまんだり、鞘を刀で受け止めたりしていたということを、本部は見抜いていると。さらにいえば、これは武蔵の無意識であった可能性さえある。
ただ、そうすることで本部に有利な展開になるかというと、むしろ逆であるようにおもわれる。だって、要はこのパフォーマーとしての武蔵は、油断しているわけである。そして本部はこの武蔵に、油断するんじゃないと告げているのである。これはおもった以上の相手だ、油断はできぬと、武蔵が気持ちを切り替えることはあるだろうが、それが本部にプラスになるとはちょっとおもえない。
刀を壊すつもりはどうもないらしい、ということはいえるだろう。それが、金重が丈夫すぎて壊せないということか、あるいは本部の自己実現的なやつのせいかはわからないが、壊すつもりなら煙がまだあるうちにそれをしただろうし、やりようはもっとあっただろう。鞘を壊すことで、いつ抜くかわからない、抜刀の速度にものいわせた抜刀術はできなくなるが、これも、なにもあんなやりかたでやる必要はない。煙っているうちにすれば済むことである。
この行動がもたらしうる本部に有利なものといえば、考えられるのは「不気味さ」だろうか。武蔵は、その経験の豊かさから、戦術については大きな自信があるし、事実、たんじゅんに知見の量という点でみれば、いまのところ武蔵を上回るものはいない。物知りの烈も、「死」について考えが甘かったぶん遅れをとったし、勇次郎あたりも武蔵には敬意を払わざるを得ない。じっさいのところ本部とも、その知識とか、経験値ということでいえば、そう差はないだろう。現代人に有利な点は、技術が進歩しているぶん、武蔵の知らない武器を出すことができるということと、わたしたちが武蔵のことをよく知っているということがあげられるかもしれない。しかし前者にかんしては、くりかえし描写があるように、銃でさえ、その概念はすでに戦国にあったわけで、テレパシーで脳を破壊するとか、そういうレベルの攻撃が出現しない限り、それは武蔵の「想定内」である。なにをやっても、「ああ、それ知ってる、似たようなやつあった」となってしまうわけである。ただ後者にかんしては、武蔵はどうしようもない。本部も、これまでの観察も含めて、武蔵がどういう人間か知っている。しかし武蔵は、本部が解説王で、横綱の小指をとって負けたけど、柳には圧勝したとか、そんなことはもちろん知らないわけである(知らなくても問題ないが)。刀を返した件で本部が武蔵にもたらしうるものとしたら、とりあえずいまはこれしか思いつかない。げんに本部は武蔵がどういう心理でどういう行動に出るかを熟知しているようである。このことで武蔵が油断をなくし、もう余裕の表現はやめよう、ということになっても、そこからの行動を本部が把握しているかどうかというのは、武蔵にはわからないわけである。現代人ならそのくらい研究されているかもしれないと、そこまで深読みするかどうかはともかくとして、そうした警戒心が少しでも芽生えれば、武蔵の踏み込みは浅くなるだろう。この勝負をリードしているのはじぶんであると、それをつきつける意味が、この攻撃にはあったのかもしれない。
![]() | 刃牙道(14)(オリジナルアニメDVD付限定版)(マルチメディア扱い) 4,190円 Amazon |
![]() | 刃牙道 13 (少年チャンピオン・コミックス) 0円 Amazon |
![]() | 刃牙道 12 (少年チャンピオン・コミックス) 463円 Amazon |


